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 核心をつかない会話が続いた。目の前の中華料理店の回転テーブルの上に、そのままの大きさのドーム状のスポンジケーキが置かれていて、回しても形が変わらない。よくぞ中心点を合わせたものだと感心した。  三人の両手でグルグル回されて、慣性の力が収まるスピードで止まる頃に、120度左側にいる、γ-gtpがやや高そうな男が、眉毛の位置とネクタイの位置を直しながら呟いた。 「君、いわばこのスポンジケーキを食べるかね」  イマジナリな、ケーキが消滅しかかった。中華料理店の、何も乗っていない円形のテーブルだけが残り、回転する能力を持ちながら誰も回転させていない、見た目だけでは回るのかどうかわからないテーブルが、あるだけだった。ただ、誰かが勢いよく右か左に引っ張れば、それはとても円滑な、油のよく差された良い感触を持って、回りそうな見た目をしていた。ほんの少し、手前に寄ったり、引いたりするところから、テーブルは少しだけ回転の中心とずれているらしかった。これだけ大きければ、中心に合わせるというのも難しいだろう。大人が、つま先をテーブルのヘリにかけて、全身と腕を伸ばしてようやく届くか届かないか、くらいの半径を持っていたので、同時に中心までの距離を計るというのは至難の業で、工学的な技術を使わなければ無理、そこまで正確に、このテーブルをはめる必要もない。誕生日でもないんだから。お祝いのケーキが中心に置かれていたとしたら、グルグル回るだけで誰も手が届かない。もし中心点が、少しでもズレていたとしたら、遠心力を使うことによって、少しずつこちら側に寄せることが出来る。しかし、スピードの調整が難しい。あんまり調子に乗って回しすぎると、どこかにすっ飛んでいくことだろう。ただし、これは全て他の食器が全く置いてないことを前提としていて、もしフォークとナイフと取り皿が手前に置いてあったとしたら、中心付近の、重いケーキが動く前に、ナイフとフォークが周りに飛び散ることになる。危ない。ケーキを取り分ける為のナイフだから、切れるとか、刺さるとかいったことにはならないだろうが、万が一、給仕の者が誤って切れ味鋭いナイフを置いていたとしたら、一大事だ。その時は、落ち着いて、ドン・キホーテにでも寄って、マジックハンドを買ってきて、ケーキを引っ張ってくる等の工夫が必要になる。  ところが、誕生日の為に用意したケーキとなったら、テーブルに置いた時点で、外装など全部外されているはずである。マジックハンドでそのケーキを動かそうと思ったら、ケーキの生クリーム部分を、もぎ取ってしまう可能性の方が、高くなるだろう。マジックハンドで何か、鉄板焼きのへらが大きくなったようなものを持って、それをうまいこと下に滑らせるか……  120度右側にいる人が、自分の人生について、一年を一つの鳥の種類に喩えながら、呟いていた。今、「鶫」のパートに来て、小声ながら、力の籠もった朗読のように盛り上がっているようだった。
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