コーヒー

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コーヒー

 グラスの外側に水滴が見えたからといって、その水分が量子論的に壁抜けをして外にはみ出したと考えるのは早計である。グラスが置かれた瞬間には、水滴はついていなかったはずだ。二つのアイスコーヒーのグラスを挟んで、離婚調停について話し合われていた。二時間、無言の時間があった。水滴は外にはみ出し、コーヒーの中の乳成分は、下の方に沈殿していた。それだからといって、アイスコーヒーの中の乳成分が粗悪な材質だとか、断ずるのも早計である。下に沈殿した乳成分と、コーヒーの色、それから氷が解けて染み出した透明な水分とが、外から明瞭に見分けられるほどのきれいな層をなしていた。いや、だれもそれをきれいだなんて思わなかっただろう。女性側が、序盤で「そんなことを言う余裕があなたにあったなんて思いませんでした」と発音したその時に、かなり、店の隣の客などが軽く反応するほど、大きな音を立てて氷が爆ぜた、その直前にあった、氷の薄い断層が見せていた虹色のプリズムの隙間も、誰も見ることはなかった。それどころではなかったからだが、それどころではなかったというのは実にもったいなかった。  ところで、グリーンランドの権利をめぐって南極と北極が係争中だった。
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