幸福のなみだ

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 その瞬間、深い、深い眠りから覚めた時のように、意識がくっきりと鮮明になった。  頬が冷たい。  顔に手を当てて、指先でたどっていくと、目尻からくちびるの横へと続く、幾筋もの涙の跡があるのが分かる。  ゆっくりと、立ち上がる。  なぜ涙を流したのか、少しも思い出せなかった。  心はいたって平静で、悲しみも、怒りも、苦しみも、微塵も感じない。涙とともに流れ落ちてしまった感情が何だったのか、どんなに必死に思い出そうとしても、思い出せない。  足元に、花が一輪、落ちていた。  かがんで、手に取る。羽のように、やわらかな手触りの花びらは、吸い込まれそうなほど鮮やかな、青い色をしていた。  勿忘草。別名、ミオソチス。私の名前の由来になった花だった。  空を仰ぐ。  白い雲に覆われた空を、いくつもの戦闘機が、宙を切り裂くように飛んでいく。どこかで、爆発音がする。風に乗って、かすかに煙の匂いがする。  むかしむかし、空は青い色をしていたんだって。  そんな話をしたのは、いつだったのだろう。誰と、どんな会話をしたのだろう。  遠くで、サイレンの音がしている。  私が泣いた理由を、私は知らない。  それは、とても幸せなことなのだと、誰もが言う。
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