episode①-1 香保

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episode①-1 香保

漆黒の羽根を大きく羽ばたかせ 男は大空を飛んでいた。 男の名はユノ。もちろん人間では、ない。 飛びながら、 地上での出来事を思い出す。 なぜ俺は、あの女を助けたんだろう…。 俺たち悪魔にとって、 好物ともいえるモノのひとつに 人間の「邪悪な心」というヤツがある。 邪悪な言動が増えれば増えるほど、 俺たち悪魔の住処(すみか)がどんどん増えていくのだ。 それはやがて増殖から制覇(せいは)へと形を変えていく。 それこそが、 悪魔の真の目的であるはずなのに…。 そんな光景を見るたび、 いつからか、 虫唾(むしず)が走るような感覚に 襲われるようになった。 女を蹂躙(じゅうりん)しようとしている あの男の下卑(げび)な姿に吐き気を覚えた俺は たまらず男の喉元を 掻き切ってしまった。 …突然、ユノは背中の中心部に 激しい痛みを覚えた。 「…つぅ…」 あいつに切られた傷が また痛み出したらしい。 こんな時に…くそっ… 痛みに耐えかねて軽くバランスを失ったユノは 地上に向かってフラフラと 落ちてゆき、 木の枝に不時着する形で落ちた。 ずるずると下に下がりながら 意識が遠のいていく…。 「大丈夫?しっかりして下さい!!」 心配そうな女の声が 耳元で聞こえた。 うっすらと目を開けると、 目の前に 心配そうにユノの顔を覗き込む 女が立っていた。 「背中…ケガしてるの??」 地上に足が着いた時点で 無意識のうちに羽根は体の中に納まっていた。 木の幹についた血の跡…。 「いや…昔の傷なんだ」 そう、ほんの昔の話なんだ。 一族の世界を飛び出した俺を追ってきた あいつに切られた傷…。 「手当てしなくちゃ。うち、すぐそこなんです。」 女はユノの脇の下に体をすべりこませると ゆっくり抱き起こした。 華奢な体なのに、女はしっかりとユノを 支えている。 「私、医者なんです。傷、見せてください」 「大丈夫、だから…」 言葉とは反対に体に力が入らない。 「遠慮しないで。歩ける?」 ユノの体を支える女からは ふんわりと花の香りがした。 …何の香りだ…?? すずらんのような…。 これがユノが香保(かほ)に初めて会った日だった…。
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