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episode③- final② ユリ
「おいおい。ユノさんはどうした?」
妙子の前にしゃがみこんだのはジェイだった。
「あ…あわわ…」
恐怖で声にならない妙子。
「…ったく…だから人間の女は
役に立たないんだよ。 おまえ…
代わりにその腕をへし折ってやろうか?」
「た、助けて…」
「やめろ、ジェイ!!」
背後から声がした。
振り返ると、そこにはユノの姿。
「ユノ…おまえから出てきてくれるとはな」
嬉しそうに笑うジェイの顔は恐ろしく冷たかった。
「妙子さん…。ユリさんのところに行くんだ。」
「……」
「早く!!」
ユノの声に驚いて妙子がアトリエに向かう。
「相変わらず…甘いな、ユノ」
そんなおまえが好きだけどよ。
「おまえには関係ないだろ」
もう…かかわるな、ジェイ。
「さあ。行こうか、ユノ。」
「断る」
「あの女共を殺されてもいいのか?」
「?何言ってるんだ、ジェイ?」
「おまえが血祭りにあげた男の仲間が
もうすぐここにくる」
「何だって…!?」
ジェイはふっと笑った。
「俺とおまえのランデブーを邪魔されそうだな。
とりあえずは休戦だ、ユノ。手伝ってやるよ」
「…やるか?」
昔一緒に戦った記憶がユノの中に蘇る。
かつては一番のパートナーだったジェイ…。
そして…
ユリのアトリエの周りを数十人の男たちが
囲んでいた。
裏庭に血まみれで倒れている男の体の上に
ユノとジェイは並んで腰掛けていた。
迫り来る殺気に血が躍る感覚は…
悪魔だからこそ、だろう。
「…行くぞ、ジェイ」
「おう!」
ユノとジェイは羽根を広げると
一気に左右に飛び立った。
「ユリさん…。すみませんでした…」
泣きじゃくる妙子をユリは
複雑な思いで見つめていた。
ずっとユリを支えてきた妙子が
アシスタントという立場に不満を持ったのは
いつからだったんだろう…。
代わりに自分が表舞台に立ちたかったのか…?
「妙ちゃん…今まで本当にありがとう」
「ユリさん…」
「でも、もう一緒に仕事することは
できないわね…」
「…警察に…突き出して下さい…」
「そんなことしないわ」
「え…??」
ユリはにっこり笑うと、
立ち上がり、デスクから名刺を取り出した。
「妙ちゃん、この人を訪ねなさい」
「これは…」
「私の師匠だった人よ。ここで陶芸を学ぶといいわ。
妙ちゃんは才能があるんだもの。
いっぱい勉強するのよ」
「ユリさん…!」
「私からも推薦の電話を入れておくから。
お弟子さんとして入れば、お金はかからないわ。
ただし、すごく厳しい人だから覚悟してね」
妙子の目からはらはらと涙があふれた。
「こんなひどいことをしたのに…」
ユリは妙子の手を取った。
「汚いことや醜いことを
この手でしてはダメよ、妙ちゃん。
それは全て作品に出るから…」
「はい。もう二度とこんなことはしません」
「コンクールで待ってるから。
その時はライバルだからね」
妙子が泣き笑いの表情を見せた。
それはかつて一緒にこのアトリエを始めた頃の
あの笑顔そのものだった…。
翌日の朝…。
海岸に数十人の男たちの死体が打ち上げられていた。
傷は一箇所だけ…。
全ての男たちがノドを掻き切られて絶命していた。
ニュースでこの事件を見たユリは
ユノだ…と思った。
どこか人間離れしたあの人の仕業…。
なのに怖くないのはなぜなんだろう?
それはきっとあの紺碧の瞳の美しさ、だ。
何かの苦悩とたくさんの悲しみを抱えながらも
にごりのないあの瞳の持ち主が
殺人鬼とはどうしても思えなかった。
私を助けてくれたのね、ユノ…。
そうとしか思えなかった。
ユリの器はもうすぐ完成する。
美しい紺碧色のこの器…。
題名は「月見草」にしよう。
ユリはそう思った。
また…会えるわよね?ユノ…。
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