episode①-2 香保

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episode①-2 香保

ユノは香保に支えられながら 香保の家までゆっくりと歩いた。 香保の家は病院と自宅を兼ねていた。 診察室のベッドにうつぶせに寝かされ、 香保はユノのシャツをたくし上げた。 「ずいぶん深い傷…だけど、  傷口はふさがってるみたい」 消毒液の痛みに顔をしかめながら ユノは香保の顔を見た。 たいした化粧もしていないのに、 香保は美しい女だった。 その凛とした横顔は 香保の心の美しさの表れのようにも思えた。 「名前、聞いてなかったわね…」 「ユノ。君は…香保?」 「え…?なんで私の名前を??」 「表札…見たから…っつう…」 背中に再び痛みが走る。 「化膿してるのかも…。  骨のこともあるし、レントゲン、 撮っておきましょう」 「いや、大丈夫だから…。」 ユノが起き上がろうとしたその瞬間、 窓ガラスを突き破って、 石が香保をめがけるように飛んできた。 「危ない!!!」 咄嗟に香保を抱き寄せ、 ユノは石を翼で叩き落とした。 石は真っ二つに割れて 手前に落ちる。 香保が顔を上げる前に 背中の中にすばやく翼を納めた。 「…ありがとう。…石が…」 「わざと投げてきたみたいだ」 「…誰がやったかわかってるの」 香保の顔に暗い影が落ちる。 「私の父が友人の借金の連帯保証人に なっていて…」 友人が行方をくらまし、 たちの悪い取立て人たちが 毎日のように病院に押しかけるようになった。 「父は毅然と立ち向かったんだけど…」 往診中に何者かに襲われて瀕死の状態で 病院に運びこまれたらしい。 「警察にも相談してるんだけど、 らちがあかなくて…」 香保はふいに涙ぐんだ。 それをこらえるように 唇をかみしめると、ユノに微笑む。 「変な話を聞かせてごめんなさい。  レントゲン、撮りましょうか。」 「大丈夫、だから…。ありがとう」 ユノは香保の手を取ると、 そのままゆっくりと抱き寄せた。 「あ…」 「少し…泣くといい。楽になる」 香保の華奢な背中が小さく震えた。 初めて会ったユノの 暖かい胸の中が、 なぜか不思議と素直な気持ちにさせてくれた。 今までに受けた数々の嫌がらせ…。 総合病院のベッドで 昏々と眠り続ける父の姿…。 こらえてきた感情が一気にあふれ出したように 香保はユノの胸の中で 声をあげて泣いた…。
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