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episode①-final 香保
ユノに抱きかかえられて
香保は家に戻った。
母屋への廊下に面した窓が
大きく割れている。
誰かが破ったような、ものすごい状態…。
あらためて、恐ろしいことが
ここで起こったのだと想像できてしまう。
廊下に散らばった
ガラスの破片に交じって
大きな白い羽根が1本落ちていた。
「これは…??」
「今夜はもう休むといい」
香保の問いかけに答えないまま
ユノが静かに言った。
その瞳は再び、少し暗い紺碧色に戻っていた。
「…ちょっと怖い…」
思わず香保がつぶやく。
ユノは香保の肩をそっと抱き寄せると
「心配するな。そばにいるから」
「ユノ…」
「安心して眠るといい」
ユノは香保の肩を抱いたまま、
ベッドまで連れていくと、
香保を寝かせ、
足元の床に座った。
「ユノ…一緒に寝る?」
ば、ばか…!? 何を言ってるの、私…
思わず顔が赤くなる香保。
するとユノがふっと微笑んだ。
あ…天使みたいな笑顔…。
「ここでいい。香保のそばにいるから」
…この人の言葉は
今の私にとっては薬だわ…。
怖くて震えが止まらなかったのが、
だんだんおさまっていくのかわかる…。
香保はベッドに横になると、
ゆっくりと目を閉じた。
不思議なくらい、どんどん眠りに
落ちていく自分がいた。
眠りに落ちていく香保の顔を見ながら、
ユノは不思議な気持ちになっていた。
なんだろう。
この心地良い気持ちは…?
香保の寝顔を見てるだけで
こんな気持ちになるのはどうしてなんだろう。
(ユノ…ここにいたのか…)
ユノの聴覚に届く
人間ではない声…。
聞きなれたこの声…
あいつだ…。
(おまえに用はない)
聴覚から声にならない声で答える。
すやすやと眠る香保には聞こえていない。
(人間の女と何してるんだ、ユノ?)
(おまえには関係ない)
(おとなしく俺と帰るんだ、ユノ…)
(うるさいぞ、ジェイ)
まだ近くまでは来てないが、
ここがわかってしまったようだ。
ユノはすばやく自分の気配を消した。
(ちっ。気配を消したのか。
まあいい。そこで待ってろ…)
バカな。待つわけないだろう。
ユノはゆっくりと立ち上った。
お別れだ、香保…。
薬をありがとう。ゆっくり休むんだ。
ユノは香保の額にそっとキスをした。
そして気配を消したまま、壁から外に抜ける。
漆黒の羽根を大きく広げると、
羽根の一部が美しい白色に変わっていた。
…なぜだ…??
…もう時間がない。
気配を消していられる時間はあとわずかだ。
ユノは一気に空へと羽ばたいた。
翌朝…。
香保が目を覚ますと、
ユノの姿は消えていた。
きっと出ていったんだわ…。
なんだかそう感じた。
寂しかったが、なんだか幸せな夜だったような、
そんな気がした。
香保は玄関から外に出て、
郵便受けから朝刊を取り出した。
事件・事故のページを何気なく見た香保は
その記事に釘付けになった。
『金融会社事務所、全焼
焼け跡から社員と思われる男性12名の遺体』
え…??これって…
それは香保の父に借金の取り立てをしていた
あの会社のものだった。
「これっていったい…。何が起きたの…??」
茫然とする香保。
そこに携帯の呼び出し音がした。
「もしもし…えっ!!はい、すぐに行きます」
電話は総合病院からだった。
昏睡状態だった父が意識を取り戻したという。
良かった…。
思わず香保は涙ぐんだ。
急いで支度しなくちゃ…!!
病院の真上を、
ユノはゆっくりと旋回してから、
更に上空へと上がっていった。
漆黒の羽根が抜けて、また1本、白い羽根に
変化しながら地上に落ちていった…。
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