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「うん……」
尋幸は美澄の背中を流し始めた。洗う必要があるのだろうかと疑問に思うぐらいに真白な白壁を思わせる背中が見る見るうちに泡に塗れていく。尋幸は背中の泡を洗い落とし、美澄の艶かしく美しい背中が露わになったところで後ろからそっと抱きしめてしまった。
「ちょ、ちょっと……」
尋幸は美澄の背中に顔を埋めて涙を浮かべるのであった。そして、大声こそ上げないものの堰を切ったように止めどなく涙が溢れだす。
「いやだよぉ…… お姉ちゃんが知らない人と結婚するなんて…… 嫌だよぉ……」
そう、美澄はもうじき嫁入りの身であった。尋幸はいとこのお姉ちゃんである美澄のことが心の底から好きだった。いとこのお姉ちゃんを好きになる…… よくある話である。
美澄は尋幸を宥めることにした。風呂椅子の上で体をくるりと回し、尋幸とお互いに向き合う形になる。
「いい? もう決まっちゃったことなの」
美澄は数日後に結婚し、男・卓也(たくや)の家へと嫁いでいく。卓也とは高校の頃からの付き合いで、大学を卒業し、社会人となりお互いに生活も安定してきたところで結婚に踏み切ったのだった。
尋幸と美澄が一緒に風呂に入っているのは、尋幸の家族が美澄の結婚式に出席するために、美澄の実家を塒にしているからである。風呂に誘ったのは美澄の方から、尋幸は「ガキじゃない」と、激しく拒否をしたのだが、もうこんな風に一緒に入ることもないだろうとして、強引に引きずるように風呂に行ったのであった。お互いの両親も美澄が尋幸を風呂に入れるのはいつものことであったために特に気にする様子はない。
尚、尋幸の方は「お姉ちゃんと一緒に風呂に入れてラッキー!」と、内心では天にも昇る夢心地であった。しかし、一緒に風呂に入っているうちに「大好きなお姉ちゃんがお嫁に行っちゃう」と言う現実を思い出し、泣き濡れる。美澄は細く靭やかな指先で尋幸の涙を拭った。
「お姉ちゃんね、尋くんの知らない人のお嫁さんになっちゃうの。それはわかる?」
わかるけど心の中で承服はしない。尋幸は涙目のままコクリと頷いた。そして、涙声で美澄に尋ねた。
「お姉ちゃん、ぼくのこと嫌いになっちゃったの?」
尋幸は雨に濡れた小型犬のような目で美澄の目をじっと見つめた。お互いの瞳の奥に丸裸の自分が映り合う。
すると、美澄は尋幸の体を抱きしめた。その艶かしい柔肌を体全体で受けた尋幸は目から溢れ出る涙も一瞬で止まるぐらいに困惑の様相を見せた。
「お、お姉ちゃん?」
「尋くんのこと、好きよ。でもね、卓也さんのことがそれ以上に好きなの。わかって」
尋幸は泣きべそをかきながらぷいとそっぽを向いた。物心がついたころから一緒にいて大好きで憧れの存在だったいとこのお姉ちゃん。それがいきなりわけのわからない男に掻っ攫われるともなれば機嫌の一つも悪くなるか…… 美澄はそんなことを考えながら尋幸の頭を洗い始めた。
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