由野くんとあやさん③

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由野くんとあやさん③

僕の姿に気がついた茶見が、 「あ…由野さん」 と、まぬけな声を出す。 なのに、あやさんを抱きしめた腕を ほどこうとはしなくて… 茶見の声に、あやさんの肩が びくんと震えるのが見えた。 あやさん…茶見と何してるんだよ… でもその言葉は口から出てはこなくて いたたまれなくなった僕は スイーツの入った箱をテーブルに置くと そのまま踵を返した。 「由野くん!!」 涙声のあやさんの声が背中越しに聞こえたけれど 僕は振り向くことなく走った。 わかってるんだ… きっと、仕事で何か辛いことが あったんだってことくらい… 混乱している僕の頭だって それはちゃんと理解できている。 でも… 茶見の長い腕の中にすっぽりと 納まっているあやさんを… 酷い…と僕は思ってしまったんだ…。 こんな時、 あやさんを抱きしめるのは 僕の役目じゃないの…??? どうして…悩んでいることを 僕に言ってもくれないの??? それがすごく悔しくて そして茶見にものすごく やきもちを焼いたことを知られたくなくて (でも、バレちゃってるだろうけど) 僕はその場を立ち去るしかなかった。 その夜… あやさんからの連絡はなかった。 翌朝… ほとんど一睡も出来なかった僕は 会社を休みたかったけれど 仕事も打ち合わせもあるし、 そうもいかなくて そのまま朝ごはんも食べずに家を出た。 いつもより1時間以上も早く家を出たのは 途中であやさんに会いたくなかったからだった。 何を言ったらいいのかわからなかったし 子供っぽいやきもちも恥ずかしかったけど やっぱり…僕は傷ついていた。 なのに… こんなに早い時間だというのに あやさんが僕を待っていた。 「由野くん…」 小さな声で僕を呼ぶあやさんの目は真っ赤だった。 あやさんもきっと…寝れなかったのかな…? 僕とあやさんはいつものように並んで、 でも無言のまま歩いていた。 会社までの道のりがいつもなら本当に楽しいのに 今日はすごく重苦しくて、 なかなか会社にたどりつけないような 錯覚を覚えるほどだった。 重い口をようやく開いたのはあやさんの方だった。 「昨日は…ごめんね」 「はい…」 何か言わなきゃ…と思うのに 言葉がちっとも出てこない。 普段から辞書を熟読している僕の語彙力も こんな時はまったく役に立たなくて… 「スイーツ…美味しかった」 あやさん…食べたんだ…。 「なのに…あたし…」 あやさんの声に涙が混じる。 僕は何か声をかけようと口を開きかけた時、 「おはようございます、あやさん」 と、後ろから声がした。 振り向くと、神妙な面持ちの茶見。 途端に僕の脳裏に昨日の2人の姿が 思いっきり浮かび上がって… 「ぼ、僕、急ぐんで」 僕は2人を置いて一気に走り出した。 「待って、由野くん!!!」 あやさんの声にも振り向くことなく…。 走りながら僕は泣いた。 あやさん… もっと…言い訳してよ。 あれは違うんだって、茶見の前で はっきり言って欲しい。 ただ…なぐさめてもらっただけだと…。 その日の仕事は、まったく身が入らず 僕はデスクの奈美さんに 2度カミナリを落とされた…。
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