受難その①「デスク・奈美さん」

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受難その①「デスク・奈美さん」

由野(ゆの)ぉ〜〜〜〜!!原稿出来たかぁぁ〜!!!」 地響きのような低音ボイス。禁煙パイポをくわえつつ(デスクでは吸えないから…) 僕を毎回呼びつけるのは 「エッグフラワー編集部」のデスク・奈美さん (40歳・独身)だ。 僕はドキドキしながら 書き上げた原稿をそっと奈美さんに差し出した。 額にかかる茶色の髪を時々細い指でかきあげながら 僕の原稿を読む奈美さんは 黙っていると実はかなりの美人…だと思う。 タバコを吸っている人とは思えないほど 肌もとてもキレイだし、 やや切れ長の瞳をふちどるブルーのシャドウが とてもクールな印象で… 「…堅い!!書き直し!!!」 「えっ…??」 「おまえさぁ…」 奈美さんは僕の原稿をトントンと指差しながら 「あのね、由野。 あたしらの雑誌は女子高生が読むヤツなわけ。 魑魅魍魎って漢字すら読めないような 言葉使ってど〜すんの!!」 (ちなみに、これは「ちみもうりょう」と読む…) 「はい…」 「頭は高校生、下半身は大人で書く! 以上」 えええええ…(困惑) 下半身は大人って…(泣) 奈美さんのこの名言(迷言?)に 僕は毎回頭を悩まされているわけで…、 今回のテーマは 『ここがすごい!!今年のお化け屋敷特集』 お化け屋敷…(恐怖) そこは僕がこの世で一番苦手なスポット…(号泣) 何度となく腰を抜かしたり失神しそうになりながらも いくつものお化け屋敷を取材し、 その思いのたけをきちんと原稿にした つもりだったのに… 僕は自分の机に戻ると、頭を抱えつつ 自分の原稿を見直した。 その後、何度も原稿を書き直し、 その度に奈美さんにつき返され、 気がつくとフロアには 僕と奈美さんの2人しか残っていなかった。 (ひぃぃ〜) 何度目かの僕の書き直し原稿を 無言で読んだ奈美さんは 突然、僕の原稿を自分のバッグにポン!と入れると、 「飲みに行くぞ、由野!」と立ち上がった。 「え…??」 「支度しろ、支度!!」 コートハンガーにかけてあったトレンチコートを ふわりと肩にかけて大股で出て行く奈美さんの後を 僕はあわてて追いかけた。 奈美さんはそのまま会社を出ると、 会社の近くにあるイタリアンバルに入っていく。 安くて美味しい料理が大人気の店だ。 カウンターに座り、奈美さんはメニューから サクサクと料理を頼み、運ばれてきた料理は どれも美味しかった。 思えば原稿直しに追われて 昼ご飯もロクに食べていなかった…。 夢中でパクパク食べる僕の隣で 奈美さんは愛用のパーラメントライトを片手に ゆっくりとフォアローゼスのロックを 口に運びながら僕の方を見た。 「由野はさ…辞書作る人になりたいんだっけ?」 「は、はい…」 奈美さんはふっと軽く微笑むと、 「確かにあんたの言葉選びはきれいだよ」 「え…??」 「こんな言葉もあったんだな…って 気付かされたりするから日本語は奥が深いよね」 あの鬼のような(すみません…)奈美さんが そんな風に僕のことを見ていてくれたなんて… 僕はちょっと胸が熱くなった。 「だ〜け〜ど!!!」 あぁぁ…いつもの低音ボイス…(恐怖) 「服にもTPOがあるだろ? 読者無視して雑誌は成らず。わかってんの? 由野??」 「すみません…」 うなだれる僕の頭をポンポンと叩きながら 奈美さんはふいに僕のアゴをくいっと持ち上げた。 !!! うわっ…(焦) 至近距離に奈美さんの顔が…(汗) 切れ長の美しい瞳がまっすぐ僕の目を見ている… (ドギマギ) これって、も、もしかして… キ、キスされちゃうの?僕… ?? え、えっと… こういう時は目を瞑った方がいいのかな…? (おいおい) 「話し言葉で書いてみな、由野」 僕の目をまっすぐに見ながら 奈美さんは静かに言った。 「話し言葉…?」 「そ。ここからでてくる言葉」 奈美さんは僕のアゴを持ち上げていた人差し指を そのまま僕の唇にぷにゅっと押し当てた。 なんか、キスのおねだりをしてるみたいな 格好になってないか、これ…?? 急に恥ずかしくなった僕は 顔から火が出そうになった。 「なに顔赤くしてんの」 あはははは…と笑った奈美さんは ちょっと子供のようなかわいい笑顔になった。 なんか…ステキだった。 「…あたしにときめくなんて10年早いぞ、由野!」 …このアメとムチのような口調に 今夜も翻弄されつつある僕であった…(泣)
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