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由野くんとあやさん④
ミスが重なって、残業するハメになった僕だが
却って救われた思いがした。
仕事に没頭していれば、携帯を気にせずにすむ。
だから…携帯は1度も見なかった。
(鳴っていたようにも思うけど…。)
携帯に出ない僕を見ても
奈美さんは何も言わなかった。
怖い人だけれど
誰よりも人の気持ちがわかる上司だと僕は思う。
すみません…奈美さん。(反省)
ようやく仕事を終えて
そんな僕に黙って付き合ってくれた奈美さんに
頭を下げた。
「まっすぐ帰んな、由野。お疲れさん」
「はい…。お先に失礼します」
奈美さんにそう言われたけれど
僕は用もないのに1つ手前の駅で降りて
本屋とレンタルDVDの店で
うだうだと時間を潰した。
そして、いつもと違う道で家に戻った。
家に戻ると電話の留守電ランプがピカピカしていた。
でも、そのまま電話をクッションの間に挟んで
お風呂に入った。
今、あやさんと話したら…
きっと僕は酷いことを言ってしまうだろう。
少し…時間が欲しい。
こんな時、お酒が飲めたらよかったのかなあ…。
飲めたら、たくさん飲んで、
気分もスカっとできたかも。
お風呂も入って、簡単な晩御飯を食べてしまうと、
何もすることもないし、
僕は早々とベッドに横になることにした。
(寝不足だというのに、
ちっとも眠くはなかったけれど)
しばらくして…
ようやく少しウトウトしかけた僕の耳に
『ピンポーン』と玄関のチャイムの音が
飛び込んできた。
え…? こんな時間に…??
ベッドサイドの時計は0時30分を過ぎたところだ。
ピンポーン…ピンポーン…
立て続けに鳴るチャイム。
僕はあわてて起きだすと、玄関に向かった。
「どなた…ですか?」
「こんばんは」
お、男の声…だ。
ドアスコープを覗くと
なんと外に立っているのは茶見だった。
な、なんであいつが…??
びっくりしながらもドアを開けると
茶見が抱えていたのは、
ぐったりとしたあやさんだった。
「やっぱり…あやさんの部屋じゃ
なかったんですね」
「え…?」
「送ろうと思ってあやさんに聞いたら、
ここの住所しか言わなくて」
「あやさん…?」
「ひどい飲み方をして
つぶれちゃったんですよ、あやさん」
あやさんを支えている茶見の方が彼氏みたいだ。
僕はなんだかむかっ腹が立ってきて
(やきもちをまたやいてしまっている)
「まさか、君があやさんに飲ませたんじゃ…」
「んなわけねーですよ」
ギロリとデカい目で睨まれて、
びくっとなる僕。
(な、なんかコイツ、威圧感満載なんだよなあ、
もう…)
「あやさん、上の人間と俺たちの間で
板挟み状態でずっと悩んでいたんです」
やっぱり…そうだったのか。
「でも忙しいし、俺たちもわかっていながら
あやさんを頼っているから
あやさん、いろんなストレスを溜めても
逃げられない状態で…」
あやさんを見つめる茶見の目がなんか、優しい…
(やっぱり…ちょっとやきもちをやいてしまう)
「昨日も1人で給湯室で泣いてたんです、あやさん」
…どんなに…辛かったんだろう。
毎日のLINEですら、
愚痴のひとつもこぼさなかった
あやさんの心情を思うと、
僕は知らない間に涙がこみ上げてきた。
僕の顔を見た茶見は一瞬、ふっと微笑んだ。
その顔は見たことがないくらい
柔らかくて優しい表情で…。
「俺は…少し胸を貸しただけです」
茶見はあやさんの肩をそっと抱いて僕に預ける。
「あやさんの気持ちを楽にしてあげられるのは
由野さんだけでしょ?」
「え…??」
「あなたの話をするときのあやさん、
マジでかわいいから」
えええっ…(赤面)
茶見はまた、ふっと笑うと
(これはいつものヤツの顔だった)
「じゃあ、頼みましたよ。おやすみなさい」
と、踵を返した。
「ちゃ、茶見くん!!」
「はい?」
「あ、ありがと…」
茶見は返事の代わりに軽く右手を上げると、
帰っていった。(キザなやつ…)
僕の腕の中で眠るあやさんは
思わず抱きしめたくなるほどかわいい。
(デレ~…)
い、いや… 待てよ…
僕はいったい、
どうしたらいいんだ…!?
真夜中に突然預けられた眠る恋人を抱えて
僕は1人頭を抱えていた…。
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