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その朝もどんよりと曇った陰鬱な空に支配されていた。俺は全身に噴き出した汗に強い嫌悪感をいだきながらベッドから抜けだした。時刻は午前10時半。世間の労働者たちがあくせく働いている時間だ。
俺の仕事が終わるのはだいたい午前二時だ。とはいえ、決して怪しい仕事をしているわけではない。俺は主に夜の世界で生活している女たちを相手に仕事をしている。
もちろん、ホストクラブやお洒落なバーのカウンターで糊口をしのいでいるわけではない。俺は新宿でメンタルクリニックを開業している。
この不快きわまりない汗の原因――そのことを考えると俺の心臓は苦しくなる。俺の周囲には現在進行形でさまざまなトラブルが発生している。
例えば、患者である女性とのトラブルだ。医師という崇高な職業、その倫理観を破壊する気はまったくない。しかし、俺の診療所を訪れる蠱惑的な女性たちが、ときに俺の理性を狂わせる。実に困ったものだ。
直近の例では、少女の霊につきまとわれているという女に監禁され、あやうく殺されそうになったことがある。女の精神は明らかに破綻をきたしていた。
あるいは、最近こんなことがあった。俺の診療所に通うある男性患者が不意に自殺を遂げた。彼もまた世界の荒波に呑み込まれ、精神のバランスを崩していた。そして俺は事情を訊きにきた警察に面白い話を教えてもらった。男性が飛び降り自殺したマンションは俺を監禁した女がかつて住んでいた大久保のマンションだった。
もちろんふたりにはなんの面識もないはずなのだが。
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