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ようやく家の明かりが見えてきた。住宅街の隅にある二階建ての家。普段であれば、ほっとする瞬間ではあるが、今はそんな場合ではない。
駆け足だったせいか、それとも、夫に対する罪悪感なのかは分からないが、心臓が早鐘を打つ。鞄から鍵を取り出し、差し込んだ。
かちゃり、と音を立てて開く。靴を脱いでいると、玄関の明かりが点いた。廊下の先、リビングダイニングの前で夫が立っている。
「沙織さん、おかえり」
遅くなったことに対して、いつも通り追求はない。
「ただいま。ごめんね、遅くなって」
「もうすぐできるところだよ」
エプロン姿の夫に続いて部屋へと入る。
「そうなんだ、ありがとう」
とにかくシャワーを浴びたい。話を合わせるようにしながらも頭にはそれしかなかった。
今日はホテルでシャワーを浴びる余裕がなかったため、一刻も早く洗い流したかった。汗も気持ちも、何もかも。
視界の端に入ったテレビでは、真剣な面持ちの男性アナウンサーが何やら喋っている。画面のあちこちに表示されている文字は『行方不明』『女性が一人で歩いていたところを狙ったか』等、不穏なものばかりだった。最近ニュースを見ていないなと思いつつ、鞄を置いて上着を脱ぐ。
「食事の準備していい?それとも、シャワーが先?」
「うーん、先にシャワー浴びてくる」
話を早々に切り上げ、浴室へ向かう。
夫は普段と変わらない。
何も、気づいていない。
そう、何も。
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