79人が本棚に入れています
本棚に追加
「明日も早く帰れそうだから、晩ご飯は俺が作るよ」
就寝前、ソファに座って麦酒を呑む沙織に夫が言った。
くだらない映画をぼんやりと二人で見る、気を遣わないこの時間が沙織は好きだった。
ヒロインが助けを求めて叫ぶシーンを見たまま、返事をする。
「ありがとう。でも仕事は大丈夫なの?無理してない?」
「仕事は大丈夫。でも、またそろそろ忙しくなりそうだから、その前にもう一回くらい作っておきたいなと思ってさ」
「そっか」
「いつも沙織さんに任せてばかりだから」
ヒロインが主人公に危機一髪で助けられ、幸せそうな顔をして男に抱きついた。羨ましいと、ただそれだけを思って缶を傾ける。
「そろそろ、眠ろうかな」
「私、もう少し呑んでから寝るよ」
「明日も仕事だから、ほどほどにね」
おやすみ、と言葉を交わし、寝室へ入っていく広い背中を見送る。
映画は幸せな結末を迎え、壮大な音楽とともにエンドロールが流れ出す。
この秘密さえ隠し通せば、私もこんな最期を迎えられるのだろうか、と沙織は思う。
夫婦の幸せのために必要な秘密だと、沙織は自分に言い聞かせた。
それは罪悪感を和らげるための、この映画よりくだらない言い訳だった。
最初のコメントを投稿しよう!