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沙織は玄関へ向かって走った。急いで扉を開ける。
「入って」
歓迎しているわけではない。玄関先でやりとりをして、近所に噂を提供するような愚かな真似をしたくないだけだ。
中性的な顔立ちではあるが、声の雰囲気から女性であることは分かった。
赤いショートカット。若い。二十代だろうか。下手すると十代かもしれない。
パーカーの真ん中に大きなポケットがあり、両手をそこに入れたまま、ぺこり、と頭を下げた。
少女が扉を閉めた。玄関先で、向かい合う。沙織より身長は小さかった。見下ろすようにして、問いかける。
「何をしに来たの」
平静を装ったつもりだったが、声には怒りが滲み出ていた。
「ピアスを取りに来ただけです。返してください」
少女の右耳で、紫の蝶が揺れている。左にはそれがなかった。
沙織が見つけたピアスと同じものだということは、一目見ただけで分かる。
横柄な態度に苛立ちを覚えて何か言ってやろうと口を開いたその時、強い衝撃が沙織を襲った。
ごん、という鈍い音と共に額に鋭い痛みが走った。一瞬、目の前が暗転する。どさっという音が近くでした。自分が倒れた音だとは、すぐには気が付かなかった。
ぼやけた視界に、少女を捉える。
「ピアスの場所、何処ですか」
少女の手に、銀色に光る何かが握られていた。それで殴られたのだろう。
「何処ですか」
平坦で感情のない声に、恐怖を覚える。沙織は震える指で鞄を指した。
その瞬間、銀色のそれが、振り下ろされた。
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