その12 『勇者の意向には従ってもらおうか』

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その12 『勇者の意向には従ってもらおうか』

 翌朝。  教会を訪れた二人を見て、アンドレ司祭は成功を直感した。 (昨日までとは、顔が違う……)  信者たちもそれを予感し、次第にざわめき始める。  そしてそのざわめきが落ち着き始め、聖堂内が静寂を取り戻したとき――  倫は小さく深呼吸し、そして胸の前で腕をクロスしながら腹筋に力を籠めた。 (丹田だか何だか知らないけど、とにかく腹の下――腹の底。体の奥底から力を練り上げるイメージで――) 「フンッ!」  ドバッ、と、聖堂の横幅に届くほどの大きな聖翼が展開される。  と同時に、驚愕した司祭と信者たちが残らず腰を抜かしてその場に座り込んでしまった。 「わ……あわわ……」 「な、なんという大きな聖翼じゃあ……」 「ありがたや、ありがたや~」  驚きを口にする者、ただただ慌てふためく者、涙を流しながら拝み始める者、反応は様々だったが、一つはっきりしたことがあった。 (――やっぱ俺って、天才!?)  幼いころ見た夢の続きが見られる。成長とともに凡人と化してしまった倫だったが、その事実にいっそう高揚せずにはいられなかった。 「い……いいでしょう。あなたを勇者様と認めます、リン様。これまでの無礼をお許しください」  アンドレ司祭はなんとか立ち上がると、気を取り直してそう言った。 「いえいえ、いいんですよ。おほほほほ、くるしゅーない、くるしゅーない!」  倫はすっかり上機嫌だ。 「じゃ、神父さんの確認も取れたことだし、役場に行って今度こそお前の聖役免除と補助金ゲットといくか、ウェスタ!」 「はい、リン様!」  と、上機嫌のまま教会を後にしようとした、その時。 「お待ちを」  ふいに背後からアンドレ司祭の声が飛んだ。 「え? 何です?」 「役場には使いの者を行かせます。あなた方はここでお待ちください」 「……なんで?」  怪訝な顔をする倫。 「わかりませんか? あなた方は今この瞬間、魔王討伐の要たる存在となったのです。特にウェスタさん。あなたは巫女として、勇者様の命を預かる大役を持ちます。もはや自由に町を歩くリスクを冒していただくわけにはまいりません」 「え? そ……それって……」 「あなた方にはこの後、王都オルガズムに向かっていただきます。王都には何人も立ち入れぬ鉄壁に守られた修道院があります。彼女にはそのまま修道院に入っていただくことになります」 「え? し……修道院? 魔王討伐に行くんじゃなかったの?」 「もちろん、行っていただきます。ですが巫女が外の世界に出るのは、勇者様とともに遠征に出るときのみ。遠征終了とともに修道院に戻っていただきます。これは嫌がらせではありません。あなた方の安全のために、です」  バッとウェスタの方を振り向く倫。 「ウェスタ……お前、知ってたのか!?」 「……え、えぇ、まぁ……」 (それでか……? ここ数日、やけにブラブラ観光を楽しんでた風なのは、俺を楽しませるってだけじゃなく、もしかして最後の浮世を楽しもうと……) 「でも、そんな急に……お前、今日ちょっと出かけましょうくらいのノリで出てきたじゃないか。親御さんに挨拶とか――」 「挨拶は、済ませて来ました。村の方々とも、あの晩に」 「!」 (あの晩の、村での宴会は……そういう会でもあったのか……!) 「では、よろしいですね。ジェガン!」 「ハッ」  アンドレ司祭がそう声をかけると、聖堂の奥に飾られていた甲冑が動き出した。いや、正確には甲冑に身を包んだ女騎士。ピクリとも動かないからてっきり飾りだと思っていたら、中に人がいたらしい。 「話は聞きましたね。役場へ行って係の方をここへ連れてきてください」 「ハッ」  ジェガンと呼ばれた女騎士が、ガチャガチャと音を立てながら出口に向かい始める。 「ちょっと――待ってください!」 「……なにか?」 「あーーーーもう!!」  頭をワシワシする倫。 「ウェスタ、そういうとこだぞ! 俺昨日言ったよな、そういうのちゃんと言ってねって」 「ご、ごめんなさい……」 「神父さん。俺、やっぱ一回村に帰ろうと思います。なので、聖役免除と補助金の申請は進めといて欲しいんですけど、王都に行くのは待ってもらえませんか?」 「……ずいぶんと、都合のいい提案ですね」  ため息を吐くアンドレ司祭。 「面倒かけて申し訳ないです。でも俺、彼女の命を預かるという話をご両親とちゃんとできてません。それなくして勝手に魔王討伐の旅に出るなんてできないですよ」 「心配には及びません。わざわざご挨拶されなくても、ご両親も重々承知のことで――」 「いや、俺の気持ちの問題です。神父さん、俺は勇者なんでしょう。その意向には従ってもらいたいですね」 「!」  痛いところを突かれた、と苦虫をかみつぶしたような顔。 「この数日間、あなたも見て来ましたよね。気分が乗らなかった俺が全然力を使えないさま。いーのかなぁ。無理やり王都に連れてったりすると、またあんな感じになっちゃうかもなぁ」 「……!」  しばしの沈黙。  やがて―― 「……はぁ~……」  と、額に手を当て頭を振る神父。根負けだ。 「ジェガン! ベネネ! カヌール! タルペ!」  アンドレ司祭がそう声を上げると、先ほど教会の出口に行きかけたジェガンの他、聖堂の奥に立っていた他の甲冑も続々と動き始めた。 (って、あれ全部人が入ってたんかーい!) 「こ……この人たちは?」 「彼女らは国王聖下のニンフ――すなわち、聖官の一人」 「聖官?」 「えぇ。聖下は、勇者様を除けばこの世界で最も聖力強きお方。この国の若き女性が漏れなく聖役の義務を負っているのは、こうして聖官を生み出すためなのです」 「あぁ~……そういう……」  なるほど、合点がいった。  倫がユーノを受聖させたときは5つに1つの属性を引き当てることが出来たが、当てる部位を間違えればニンフになることはできなかったのだ。  王はそうやって、撃って撃って撃ちまくり、少しでも魔王に対抗できる者を増やそうとしていたということか。 「話を戻しましょう。勇者様、どうしても一度村に戻りたいあなたのご意向は承知しました。ならばせめて、彼女らを護衛として連れて行ってください」 「この人たちを……?」 「はい。彼女らには毎晩私の聖子を注入していますので、少しはニンフとしてお役に立てるかと存じます」 「へぇ……そうなんですか。じゃあ、お言葉に甘えてよろしくお願いしますね、ジェガンさん、ベネネさん、カヌールさん、タルペさん」 「ハッ。誠心誠意、お仕えさせていただきます」  一糸乱れぬ所作で倫へ跪く聖官たち。 「ところであなたたち、属性はどこ?」 「私は、手です」  と、ジェガン。  その手に目線をやると、細長くしなやかな指が剣の柄にやわらかく絡みついている。なるほど、魅力を感じざるを得ない指先だ。倫が受聖させたとしてもそこを狙っていただろう。 「私は、秘です」  と、ベネネ。  その下腹部に目線をやると、甲冑の隙間からわずかに見える太ももがむっちりと主張している。倫もそこを狙っただろう。 「私は、足です」  と、カヌール。  なるほど目を見張る脚線美だ。身長は他の者と同じくらいだろうが、腰の位置がひとまわり高い。 「私は、胸です」  と、タルペ。  確かに他の者より少し甲冑の胸のサイズが大きい気がする……。  重厚な甲冑に包まれているので大きな違いはわからないとはいえ、それぞれの良さを堪能した倫はおもむろに指先を彼女らに向けた。 「じゃ、俺の聖子を撃っときますか」 「え!?」  驚く司祭と聖官たち。 「いけません勇者様。貴重な聖子を、やたらに撃つものではありません。もっとあなたの心の中心にビビッとくるような女性に出会ったときに――」 「別にいッスよ。言ったでしょ、俺、1日に24発撃てるって。ここで撃っとく事によって彼女らが10倍働いてくれるならその方が全然いいッス」  ドン、ドン、ドン、ドン、と4発。  聖堂の中が光に満ちる。 「――!!」 「な、なにこの力は……!!」 「とっても濃くて、力強い……!!」 「こんなの初めて!!」 「アンドレ司祭様の聖子が上書きされちゃうッ!!」  甲冑の4人は過去に経験したことのないような強烈な聖力にしばし身を打ち震えさせると、平衡感覚が定まらなくなりバタバタと倒れこんでしまった。 「あら……」  アンドレ司祭は、何とも言えないような表情をしていた。
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