その15 『裏切りの女騎士』

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その15 『裏切りの女騎士』

「……いくらなんでも遅すぎじゃ?」  何時間待たされたかわからない。  時計もないので正確な時間は不明だが、日が傾くくらいには時間が経過した。 「何かが起きているかもしれませんね……町へ潜入してみましょうか」  と、カヌールが提案する。 「足属性の私の力なら建物の屋根の間を飛び移ったり、少々無茶な機動もできますので本来なら私一人で行った方がいいのですが……しかし2人が戻ってこない以上、ここに勇者様、巫女様とベネネを置いていくのは戦力的な不安があります」 「じゃあ全員で行くか」  荷台の藁に2つ、倫とウェスタの分のフードをかぶせる。カヌールとベネネは潜入には目立つ鎧を脱ぎ、組み立てて荷台に座っている体にしておく。  馬車は近くの木に繋ぎ、4人が木の下で涼んでいる風を装った。 「よし……こんなもんかな」  一同は町への潜入を開始した。  → * → * → * → * → * → * → 「よっ、と……」  大きなジャンプで、倫とウェスタを両脇に抱えたカヌールが壁を乗り越える。  自己バフにより脚力を強化したベネネもその隣に降り立った。 「辺境の町とはいえ、魔物が跋扈するこのご時世だとやはり守りもそこそこ堅牢ですね」  町は3~4mほどの壁によってぐるりと囲われている。魔物はもちろん、人も侵入は容易ではない。 (聖官の4人についてきてもらってて助かったな。神父さん、ありがとう)  心の中で感謝する倫。 「では私が先導します。安全を確認したら手招きしますので、3人はそのあとについて来てください。ベネネ、あなたは殿をお願いね」 「はい、先輩」  ベネネは4人の中では一番年下らしい。カヌールのことを先輩と呼び、指示に応じた。  ――  建物と建物の間を縫って静かに町中を進む。  進みながらも、倫は小声で気になっている事を口にした。 「……しかし、いったい何が起きてるんだろう。この町の人たちって、こないだ俺が捕まった件もそうだけど、ちょっと神経過敏だったりする?」 「うーん……」  少し引っかかるところがあるような感じで回答に困るウェスタ。 「そういえばお前、聖役免除の申請をしても何か月も待たされる、とか、自分はこの町よりも自分の村の方が好きだとか言ってたよな。何か普段から気になるところあったんじゃないか?」 「うーん……いえ……なんというか……」  歯にものが挟まったようなはっきりしない様子だ。 「明確にどうだとは言えないんですけど……なんとなく好きではない、みたいな……」 「ふーむ……」  それ以上具体的な情報は得られそうにない。  と、話に気を取られていると前を行くカヌールの背中にぶつかった。 「どわっ!」 「シッ、しずかに」  グッと頭を掴まれ体勢を低くさせられる。  物陰から外を伺うと、何十人もの従者を引き連れた男が大通りを行く姿が見えた。 「……ウェスタ、あれは?」 「えーと……たしか、この町の町長さんで、名前は……なんだったかな……」  ド忘れしてしまったかのように、懸命に記憶を掘り起こす。 「あっ、そうそう。ムエド――いや、ジオド。ジオド町長……だったと思います」 「ふーん」  正直おっさんの名前がなんであるかなど興味はないが。 (町長かぁ。どおりで偉そうに……)  その一団が通り過ぎるのを眺めていると、異常に気付いた。 「あれっ……。ちょっとカヌールさん。あれ、あそこ。最後尾のところ見て」 「わかって……います……!」  ギリッと歯を噛みしめるカヌール。  最後尾には――ジェガンとタルペ。  2人の騎士は、まるで従者の一人であるかのように、粛々と町長の後をついて歩いていた。 「拘束されている様子はないけど、いったいどうしてあの2人、俺たちを放っておいてあんなとこブラブラしてるんだ……」 「……」  押し黙る一同。情報がなさ過ぎて何ともいえない。彼らには、町長らの一行が通り過ぎてゆく様をただ眺めているしかなかった――が。  彼らの置かれた状況は、まもなく明らかになる。  通り過ぎていきかけた町長らの一行。その最後尾を行くジェガンは、不意に立ち止まった――かと思うと、ガバッと倫たちのいる物陰を振り向いた。 「あっ、ジェガンさんこっちに気づいたみたいだ。スゲー察知りょ――」 「――え」  影が迫る。  大きく跳躍したジェガンは、剣を抜き放って襲い掛かってきたのだ。 「危ない!」  カヌールが倫たちへタックルし、その場から遠ざける。  刹那の差で彼女がいた場所へロングソードが深々と突き刺さっていた。 「あっっっっ……ぶねーーーー! 何すんだ、ジェガンさ――」 「勇者様、逃げて!」  カヌールが叫ぶ。  ジェガンの襲撃音に気づいた町長の一行が続々と倫たちのもとへと走り始めていた。 「カヌールさん! でも――」  脳天に迫った二の太刀。  カヌールはすんでのところで横っ腹を蹴り飛ばし軌道を逸らす。  それはガチン、と倫の足元の石畳に食い込んだ。 「邪魔だって言ってんだよ! さっさと行きな! ベネネ、二人を頼んだよ!」 「はい、先輩!」  ベネネは倫とウェスタの足に手早く加護を授けると、二人の背中を押して走り出した。  → * → * → * → * → * → * →  日が落ちかけている。  道の見通しが悪くなってきた。 「ハァ、ハァ、ハァ……ヤバい、迷いそうだ。ウェスタ! この道どっちに行けばいいかわかる!?」 「えっと……そもそも私たち、どこに向かってるんですかぁ!?」 (しまった、バカか俺は)  そもそもどういう対応方針のもと、どこに向かおうとしているのか。  混乱してそんなことも頭から抜け落ちていた。 (まずは町の外へ脱出する? クリオナの村に逃げ込むか?) (それとも、隙を見てあの場所に戻って、ジェガンさんたちをどうにかする?) (つーか今、俺たちはどういう状況におかれてるんだ? なんで俺たちは逃げてるんだ? どうしてジェガンさんは襲い掛かってきた? 町長のあの一行は一体何? なぜジェガンさんたちを連れていた? チクーニは敵なのか? 何かの誤解の可能性は?)  グルグルと思考が回転してまとまらない。わからないことが多すぎる。  つい数日前まで一介のボッチオタ高校生だった倫には、この状況に対処するのは荷が重すぎた。  ふと視界の端に手招きするものが目に入る。 「――こっちだ!」  3人は一軒の民家の庭に転がり込んだ。  直後、通りの角を曲がってきた町長の手の者が家の前を走り去っていく。 「ハァ、ハァ、ハァ……あ、ありがとう。助かっ……たェェェェ!?」  目の前には、かつて目に焼き付けた肢体―― (ここは……あのときの民家か!) 「あ……あの…………大丈夫……ですか……?」  その声は、鈴虫が鳴くような小さく澄んだものだった。
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