その1 『こんな世界にいられるか!』

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その1 『こんな世界にいられるか!』

 糸色 倫(いとしき りん)は困惑していた。  光差し込む森の中、目の前には『やったやった』と抱き合って大喜びする、母娘とみられる知らない女性が2人。  倫は、なんら声をかけられることもなく、つい先ほどまで電気屋で物色していた大人向けゲームのパッケージを手にきょとんとしている。 「あ……あのぉ~……」  たまらず、母娘に声をかける倫。  普段の彼であれば考えられないような行為だ。ましてやあまり女性に見られたくないゲームのパッケージを手にしている今ならなおのこと。しかし冷静な判断力を失っていた彼は、ついその一言を発してしまったのであった。 「……あっ!」  と、ようやくその存在に気づいたがごとく、若い娘が母からその身を離し己に向き合ってくる。 「――!」  瞬間、倫の頭からつま先までかつてない衝撃が、稲妻が駆け巡った。  それは、美少女ゲームでのみ見ることができた最高レベルの。そして現実世界では決して見ることができない、絵に描いたような可憐な少女だった。  栗色のセミロングヘアは自然に肩にかかる程度で清潔感があり、ふわふわと風に浮きそうな軽やかさを感じる。目はぱっちりと大きく、その吸い込まれそうな瞳で彼の目を覗き込んでいる。  歳は自身と同じく、16歳前後だろうか。身長は自分より若干低く、なんとか男の面目が保てそうだ。それに体つきは少女らしくしなやかで、ゲームでありがちな異常なまでの凹凸は見受けられない。長々と語ったが要するにドストライクということだ。 (まぁ、所詮俺には縁のない高嶺の花なんだけどな)  ひととおり心の中で絶賛したのち、冷笑する。 「……あのぉ~……?」  今度は、少女の方がおずおずと倫に声をかける番だ。 「……あっ! し、失礼しますた。俺、糸色 倫(いとしき りん)っていいます。16歳、高校生です。ここはどこ? あなたはだれ?」 「………………」 (……あ゛~~~~~~~~ッ!!!!!! やっちまったぁぁぁぁぁぁ!!!!!!)  慌てて反応した後、心の中で絶叫する。噛んだ!! それになんで名乗った!? 唐突に名乗るとかなんかキモくない? しかも16歳、高校生って、その情報、いる!?  頭を抱えて悶絶する倫。が、少女はごく自然に返答をしてくれた。 「イトシキ・リン様……変わったお名前ですね。私はウェスタ。よろしくお願いしますね、リン様!」 「……へ?」  頭を上げる。よろしくお願いします? いったい、なにがよろしくなんだ? 「あの……それで、ここは?」 「はい。ここは聖世界ホーリィ・ホラーレ。俗にHHと呼ばれる場所です。それでリン様、あなたは異世界から来られた方で間違いないでしょうか?」 「異世界……あ、やっぱ、そういうこと? あー…………」 「マジで?」 「マジです」  ウェスタはニッコリと頷いた。対照的に、ただでさえ暗い倫の表情はさらに曇り始める。 「えっと……ウェスタさん。俺を召喚したのは、キミ?」 「はい」 「あー……それは、なんで?」 「この世界は、我らが聖王国オルガズムと、魔王ネトルーゾ軍の熾烈な戦いによって二分されています。魔王軍の力は凄まじく、このままでは聖王国は滅ぼされてしまうかもしれません」 「だから?」 「異世界から召喚せし勇者様のお力を借りて――」  → * → * → * → * → * → * →  プリプリと肩を怒らせて、一人先を歩く倫。その後をウェスタとその母が追いすがる。 「あ~ん! 待ってください、リン様ぁ~!」 「魔王軍と戦えだぁ!? 冗談じゃない! そんなことはできるやつがやってくれ! 俺はな、なんでもできたのは小学校のころまで! 中学、高校とどんどんカーストが下がっていって、今や勉強も運動もコミュ力もド底辺のゴミ野郎なの! 悪いけど、他をあたってくれる!?」 「そんなの無理ですよぉ! 過去、勇者様を2人同時に召喚できた巫女はいないんですからぁ! お願いします、考え直して……」  ふと、歩みを止める倫。ウェスタはその背中に顔面から突っ込み、ぐぇっ、と悲鳴を漏らした。 「……なに、その、巫女ってのは?」 「あ、はい。巫女というのは、異世界から勇者様を召喚することができる存在のことです」 「じゃあ、きみがその巫女ってことなのね。過去、勇者を2人同時に召喚できた巫女がいないってことは、きみの他にも巫女はいるってこと?」 「え、えぇ。巫女の力に覚醒することは非常に稀なので、聖王国全体で何十人いるかどうかというくらいだと思いますが」 「何十人もいるの? じゃあ、勇者も何十人もいるってこと? そんなら魔王軍との戦いもそいつらに任せたらよくね?」 「い、いえ……それは……」 「それは?」 「現存する勇者様は、たしか2、3名だったかと……」 「…………」  絶    対    や    だ。
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