その23 『ソープ・サービス』

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その23 『ソープ・サービス』

 日が暮れるころ。フキシオの町へは大きなトラブルもなく無事到着した。 「それじゃ御者さん、明日もこの場所に集合で。王都への道のりも、引き続きよろしくお願いしますね!」  ウェスタが宿代を渡すと、御者は一礼し、馬車を停泊所へと走らせに行った。 「さて、すっかり日も落ちちゃったな。早いとこ宿を探そう」 「そうですね! こないだみたいに悪漢に襲われちゃ大変ですしね!」  若干フラグ臭さを感じながら、大通りを歩いていく。  途中、看板の表示に従って小さな路地に入ろうとすると、やはりお約束か。前回の悪漢共とばったりと再会した。 「ゲッ! あの女は……」  一瞬ビクリと驚く悪漢。 「いや待て。女が2人……だけだぞ」  台車に寝転んでいる倫の姿は見えないらしい。仮に見えたとしてもこんな情けない勇者の姿を見て退いてくれるとも思えないが。 「ケッヘッヘ、ちょうどいい。それじゃあ今度こそヤッちまうか」  3人が近づいてきた。 「そ、それ以上近づかないでください……!」  ビクリと肩を震わせるセレス。  詠唱すらないまま反射的に手をかざすと、3人は300km/hで突っ込んできた新幹線にでも轢かれたのか、えげつない勢いで吹き飛んでいった。 「……セレス、警告と実力行使が同時だったけど……」 「ダメだったでしょうか……」 「いや、オールOK!」  ビシッ、とサムズアップで応えた。  → * → * → * → * → * → * →  看板の案内を見ながら進むと、やがて宿にたどり着いた。 「いらっしゃいませ。何名様でしょうか?」 「3名です!」  元気よくウェスタが答える。セレスはこういうときあまり自分からは話さない性格のようだ。 「男性が1名の、女性が2名様ですね。お部屋はどうされますか?」 「2人部屋が1つと、1人部屋を1つで!」 「女性2名様が2人部屋で、男性1名様が1人部屋でよろしいですか?」 「いえ、女性1人と男性が2人部屋で、女性もう1人が1人部屋で!」 「!」  セレスがピクリと反応する。 「巫女様……それは、私と勇者様ということですよね?」 「え? いえ、私とリンくんということですよ?」 「それは、おかしい……巫女様は純潔を守らねばならない身の上のはず」 「そ、そういう意味じゃありません! ただリンくんはこの状態ですし、お世話が必要でしょう?」 「お世話なら、私がします……」 「いえ、ニンフであるセレスさんにそんなことをしていただくわけには」 「いや、巫女様がそんなことをする方が……」 「いえいえ」 「いやいやいや……」 「いえいえいえいえ!」 「いやいやいやいやいや……」 「ストーップ!」  たまりかねて割って入る。 「女将さん。3人部屋、あります?」 「はい、ございますよぉ~」  女将さんは上がる口角を抑えるのに苦労しているといった様子で、表面上事務的に3人部屋に通してくれた。 「ちょいとちょいと、ダンナさま」 「はい?」  部屋に入る前に女将は小声で倫を呼び、何枚かの紙が入った包みのようなものを懐に差し入れてくる。 (? なんだこれ?) 「では、ごゆっくり~」  女将は口元を手で押さえながら、パタパタと去って行った。 「……では、旅の汗を流しましょうか……」 「そうですね。チクーニではお風呂に入る暇もなかったので、私たちはもう丸3日ほど汗を流せていませんね、リンくん」 「あー、そういえば、そうだね……」 「では、私がリンくんをお風呂に入れてきますね! セレスさんはどうぞくつろいで――」 「は……? いや……私がやる……」 「いえいえ。戦力として日中頑張って下さってるセレスさんにこんな雑用をさせるわけには」 「いやいやいや……巫女様は勇者様の命を握るいわば影の総番……雑用は任せて……」  また取り合いが始まってしまう。内心はとても嬉しいし、『やめて! 私のために争わないで!』とふざけたい気持ちもあるが、火に油を注ぎそうなので余計なことは言わないでおく。 「――じゃあ、2人で仲良く洗うってのはどう? 前と後ろを片面ずつ」 「じゃあ私が前を!」 「いや、私がやります……」 「いえいえ! セレスさんはリンくんに着替えを見られて悲鳴を上げたと聞いていますよ。見られないように後ろにいた方がよろしいのでは?」 「巫女様なら見られても良いと? その考えは危険……貞操観念の低下と考えられます。もっと意識を高く持ってくださらないと、勇者様の命にかかわります……」 「あー、じゃあもうジャンケンで!」  → * → * → * → * → * → * →  浴室。  ジャンケンに勝利したウェスタが前に。敗北したセレスが後ろに位置取り、倫の体を洗おうとしていた。 (タオルを巻いているとはいえ、これは……ボクには刺激が強すぎるぞ……!)  一緒に連れてきたカーメンが浴槽の縁をよちよちと歩いている。  二人は、タオルに石鹸をつけるとゴシゴシと倫の体を洗い始めた。 「あ~……極楽、極楽……あ~そこ、めっちゃ痒い。垢溜まってる?」 「すっごく、溜まってますねぇ」 「うっ……あんまり見ないで、恥ずかちぃ……」 「恥ずかしくなんて、ない……勇者様のお垢様なら、汚くなんてないから……」  セレスがそう言ったかと思うと、にゅるりと背中に不思議な感触を感じた。 (……ん? なんだ? なんだ、この感触は?)  DTの倫にはそれが何なのかわからない。  正体不明の、ぷるっぷるの何かが、上下左右にぬらぬらと倫の体を這っていった。  カーメンは立ち止まると、にゅっと首を伸ばした。熱気にあてられたのか、心なしか顔が赤くなっているようにも見える。 「あっ、あっ、あぁっ……」  ぷるぷると震えながら絶句するウェスタ。  やがて意を決すると、倫の首に手を回して力強く口づけをした。 「巫女様……!? 一体何を……それは、体をお洗いするのと関係ない……」 「か……関係あります! こ……こうして……!」  いったん口を離し、再びつける。今度は倫の口内がこじ開けられた。 「……んん!? んんんんん!!??」  何が何だかわからず、目を回す倫。  ウェスタは歯の一本一本を丁寧に舐めあげていく。  左上を舐りつくすと、いったん口を離して息を継ぎ、再び口を付け右上へと舌を這わせる。それが終わると、今度は下へ。数分間に渡る濃厚な歯磨き(?)だった。  カーメンはへくち! とくしゃみをすると、白い鼻水をまき散らした。  ようやくそれが終わり、荒い息を吐く2人。 「ハァ、ハァ……ウ、ウェスタ……いったいどうしたの? なんでそんなにセレスに対抗するの……」 「……だって……だって私、先の戦いでお荷物でした……。リンくんが手足を失うことになったのだって、私のせいです」 「なに言ってるんだ? 俺はそんな風に思ったことは――」 「私、こんなことでしかお役に立てません! この役目すら取られたら、完全に要らない子になっちゃいます!」  その目には涙が浮かんでいた。 「……バカ。お前が戦えなかろうと、たとえ巫女じゃなかろうと関係ないよ。忘れたのか? 言ったろ、俺たち友達だって。何があろうと、もう絶対見捨てないから」  倫は残る左手でその細い体を抱きしめる。 「俺だってまだ終わりじゃない。まだこの左手がある。これさえあれば勇者としての役目はまぁなんとか果たせるし……こうしてお前を抱きしめることだってできるぞ」 「リンくん……」  ウェスタはもう一度、長い口づけをしてきた。  ――数十秒が経ち。 「……っ……はぁっ…………」  息を吐きながら名残惜しそうに唇を離すウェスタ。その視線が徐々に下がっていく。 「……そ、それじゃあ、下の方も洗わせていただきますね」 「あ、お……待て、今は……」  腰のタオルを取ろうとするウェスタの手が、硬い何かに当たった。 「あらっ? これは……何でしょう」 「……ウェスタ」 「はい?」 「タオルは……とるな。今、このタオルの下には……カーメンがいる」 「カーメンちゃんが? なぜ……」  先ほどまでカーメンが歩いていた浴槽の縁を見る。が、その姿はなかった。 「どうも外は寒かったらしくてな……今、俺のタオルの下で温めている」 「そうなんですか? いつの間に……」 「細かいことは気にするな」  ウェスタは『ふーん』と、そんなに気にする風でもなく、手に石鹸を付け足すと―― 「じゃ、カーメンちゃんも一緒に洗ってあげますね!」  と、タオルの下に手を突っ込み、カーメンの頭を掴んでにゅるにゅると洗い始めた。  同時に、しばし後ろで事態を静観していたセレスも動き出す。後ろの門が開かれ、何かが侵入してきた。 「ちょっ! おまっ、えらっ、タンッ、マッ! でっ!」 「えっ?」  激しい脈動とともに何か妙な感触が掌にほとばしる。  ウェスタが手を引くと、べっとりと白い液体がついていた。 「これは……?」  スンスンと匂いを嗅ぐ。  後ろからセレスが顔を出した。 「さっきカーメンはくしゃみをしていた……鼻水では? 流した方がいい……」 「そうなんですか? あらら……」  → * → * → * → * → * → * →  ――その晩。 「ハァ、ハァ、ハァ……うっ……」 (だめだ……とても眠れない……)  風呂場での出来事が脳裏に焼き付いている。いろいろと衝撃的すぎる出来事が一度に起こりすぎた。 (ウェスタ、これで3回目だ……)  左手で唇に触れてみる。まだその感触が残っている。 (もしかしてあの子、キス魔ってやつだったりするんだろうか。友達だって言ってんのに……あんなふうに接されたら、俺どうなっちまうかわかんないぞ)  なんとかして抑えないと、命がない。  一人悶々とした夜を過ごしていると、セレスがしなだれかかってきた。 「勇者様……抑える必要は、ない……。どうぞ、私で発散して……」 「!!」  痛いほどに張っている聖翼。もはや射聖しなければ収まりがつかない。 「俺……手加減できないかもしれないぞ。いいか、セレス?」 「はい……来て……」  セレスは『あー』と、舌を伸ばしながら大きく口を開いた。  舌にはニンフの証が浮かんでいる。  天秤のようなユーノのそれと異なり、こちらは水瓶のように見える。 「それじゃあ……行くぞ……!!」  → * → * → * → * → * → * →  翌朝。 「おっはようございまーす! リンくん、セレスさん、朝ですよ!」  ウェスタの大きな声で目が覚めた。 「ふぁ……あ~……おはよう、ウェスタ」 「はい、おはようございますっ!」  ――セレスの返事がない。 「あれっ、セレスさんは……?」 「ん、あぁ……」  セレスは白目を剥いて気を失っていた。 「……も、もう少し休ませておいてあげよう」 (1発、2発じゃ聖翼が全然収まらなくて、結局10発くらい出したんだよな……それでもまだまだって感じだったが、途中でセレスが気を失っちゃったから仕方なく中断したけど……)  そういえば、これまで1日以内に複数回ニンフに力を与えたことはないし、その場合にどうなるのかの話を聞いたこともない。  現にセレスがこうなってしまっているが、大丈夫なのだろうか。少し不安になってくる。 「セレスが目を覚ますまでの間に、ちょっと神父さんに挨拶していこうか」 「はいっ!」  二人は宿を出て、早朝のマスの最中であろう教会へと歩を進めた。
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