その28 『盆回り』

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その28 『盆回り』

「マ、マイン……お前……その手は……!?」 「えっ……? あたしの手がなにか?」  突然の食いつきに驚き、マインは自分の両手を開いて見る。 「な、なんでさっきは気づかなかったんだ……!」  倫は改めてマインの全身を上から下まで舐めるように確認した。  ――燃えるような赤い髪に、健康的に日焼けした肌。  しかし泥に覆われていることが多いからか手先はあまり焼けておらず、赤・白・黒のコントラストが実に目に映える。  それに線の細いウェスタやセレスと異なり、農作業で鍛えられたらしい手足はほどよく筋肉がついており、それでいて指は長く信じられないほどしなやかだ。  思わずその手をとる。 「ちょっ、勇者先輩……!? なんスか、いきなり!?」 「こ、これは……っ」  頬ずりして確かめるとさらに電流が走った。 「ひぃっ! ななななにをっ!?」 「こ、このハリ、このツヤ……あなた、炎天下で農作業をしているだろうにどうしてこんなシミひとつ、キズひとつない美しい手をしているのですか……!?」 「ひぇ~っ! なんスか先輩! なんかキモいッスよ~!」 (間違いない、この子は手属性のニンフになれる逸材だ……!!)  倫は確信した。 「すまないマイン。議論している暇はない。お前の手に射聖させてくれ……!!」 「え……えぇぇぇぇぇええええっ!?」  → * → * → * → * → * → * → (う……)  朦朧とする中、ずるずる、ずるずるという音に徐々に意識が戻ってくる。  セレスはかすかに目を開いた。  2体の小鬼が足首を片方ずつ掴んで彼女の体を引きずっている。  小鬼が向かう先に目をやると、洞窟への入り口が見えてくる。 (頭、痛っ……何……? 私をあの中に引きずり込んで、喰らうつもり……?)  まったくもって、不覚だった。 (やってしまった……私は勇者様の剣となり盾となり、たった一人で全部やってみせるはずだったのに……) (この件で勇者様は私に失望しただろうか……次からはもう背中を預けてもらえないかも……いや、それ以前に私はここで……)  洞窟の入り口が近づいてくると、おぞましいものが目に入った。 (ひっ……!)  そこには、2匹の帰還を心待ちにしていたおびただしい数の小鬼たちの姿。ギャーギャーと喚き散らし獲物の到着が待ち遠しいと大合唱をしている。  他にも獣を喰らっている最中らしく、大群の中の一部分では小鬼どもが山積みになり、肉や臓物を奪い合っている。先に腹を満たし、骨を持って打ち鳴らしたり眼球を投げ合ったりしてふざけている者もいた。 (い……いやだ……私、あんなふうにグチャグチャになりたくない……)  どうして意識を取り戻してしまったのか。このまま気づかなければ幸せだったのに。気づいてしまった自分と、生きたまま喰らうなんて残虐なことをしようとしている小鬼どもを心の内で呪う。  とうとう2匹は群れのもとへとたどり着いてしまった。  取り囲み、じわじわと輪を縮めながらその到着を待っていた小鬼どもは、2匹がセレスの足首を離した瞬間、待ってましたといわんばかりにいっせいに飛び掛かってくる。 (勇者様――!!)  セレスが心の中で叫ぶのと、その彼女の鼻先をかすめて巨大な何かが通過するのはほぼ同時だった。  ゴォォォ、という轟音と、バサバサバサという葉音が重なり合い、それが通過した後には小鬼の姿は影も形も見当たらない。 (……え?)  遠巻きに見ていた小鬼どもはその難を逃れたが、目の前の異様な光景に恐れをなし、悲鳴を上げながら次々に洞窟へと逃げ帰ってゆく。 (いったい、何が……?)  未だ事態を飲み込めないセレスの上半身が抱き起された。 「セレスさん! ご無事ですか!?」 「あ……あぁ……巫女、様……」  倫たちの救援が、すんでのところで間に合ったのだった。 「いったい、どうやって……」  痛む頭を押さえながら周囲を見渡すと、小鬼と同様、彼女もその異様な光景を目にすることになった。 「……え?」  大木が、浮いている。  ――いや。  浮いているのではなかった。その下には、村の娘――マインとかいう女の姿があった。 「ふいーっ! 間一髪だったッスね、セレス先輩!」  そう言いながら、まるで畑仕事を終えて鍬を地面に突き刺すかのように、手に持った樹齢1000年はあろうかという巨木を降ろす。  ドズン、と地面が揺れた。 「彼女をニンフに……したのですか……」 「あぁ、すごい偶然だよな。マインがいてくれてホント助かったよ。お前がどっちに連れ去られたのかもわかんなかったから、まず木に登って周囲を見渡してもらってさ。すごかったぜー。手の指をこう、ザクッザクッと木の幹に突き立てて一瞬で頂上まで登ってくの」 「そう……ですか……」 (まずい……)  助かった安堵感よりなにより、まず最初にそれが頭に浮かんだ。  セレスのアイデンティティが揺らぎ始める。 (私、ただでさえグズでノロマで、戦う以外何のお役にも立てないのに……)  チラリとウェスタの方を見る。 (巫女様はいい。明るくて可憐で……しかも存在自体が必須なんて……ずるい)  ニンフとして力が示せなければ自分に存在価値はない。  そうなったらもはや行き場所はない。  グツグツと彼女の中に熱が発生し始めた。 「……で、勇者先輩! 小鬼どもの巣、どうやらあの洞窟の中みたいッスね! どうします?」 「うーん……セレスはこんな状態だしな……マイン、イメージ的には手属性のニンフって殴ってよし守ってよしって気もするけどそこんとこどうなの? お前ひとりであの洞窟の中に入って小鬼どもを駆逐できる?」 「あぁ、いえ……サーセンッス。どうもこの力、そういうアレじゃないみたいッス……」  両手を見るマイン。倫から見える手の甲には猛牛の二本の角のような紋章が浮かび赤く光っている。 「この両の手だけならどんなモノでも貫ける。どんなモノでも防げる。そんな気がするッスが、それ以外の部分は普通の人間から変わった感じはしないッス」 「そっかぁ……セレスみたいに奇襲されると厳しいか」 「だったら、私……に、任せて……」  セレスはフラリと立ち上がった。 「セレスさん! 無茶は……」 「平気……意識ははっきりしてきた……ここまでくれば、あとは……"チア"」  胸属性の回復魔法により、セレスは自らの頭部外傷を修復した。  そのまま、攻撃魔法の詠唱に移行する。 「おいおいセレス……ホントに無茶すんなよ? 敵のアジトまで突き止めたんだから上々さ。あとは明日でも……」 「我生み出したるは黄金の滝壺。流れ奏でられるは聖なる旋律――」 「おぉっ、これはカーメンを助けたときの……」  セレスが詠唱すると、天空から激流が渦となって落ちてくる――が。 「……ちょっと……規模が……違くない!? ダ、ダムでも作ろうってのかぁ~~~!?」 「ホーリィ・ウォーター……ハードコアッ!!」  天にかざした腕を洞窟の方向に向けると、術者の動きに応じて激流が進む。  洞窟の中に入り切るのか疑問な量の水が流れ込んでいった。 「なるほどぉ……あれで小鬼どもを洞窟の中でおぼれさせようって――」 「汝ら、蝋の如く溶け崩れよ――」 「って、えぇっ!? まだやるの!?」 「レッド・キャンドル……ハードコアッ!!!」  間髪置かずに放り込まれた超巨大な炎の蛇。洞窟中の水が一瞬で蒸発する。  入り口からすさまじい勢いで噴き出てこようとするところを―― 「我が手に収めしは汝らが魂の根源。慈悲なき衝裂の音を聞け――ゴールデンボール・クラッシャー……ハードコアッ!!!!」  トドメに具現化された巨大な玉が、2つ、3つと押し込まれて入り口を塞いでいく。 (あっ、これアカンやつや――)  白くなっていく視界の中、倫はうっすらと理解した。  ――水蒸気爆発。 「な……なんだァ!?」  地響きとともに天高く噴煙が舞い上がる。  ユカオナの村の人々は、突如発生した天災に驚愕し慌てふためいた。  → * → * → * → * → * → * →  とっさにマインの巨木の影に隠れた倫たちは、きわどいところで難を逃れていた。 「や……山が……なくなっちゃいました……」 「HAHAHAHAHA」  もはや笑うことしかできない。 「す……すっげ~~~~!!」  そんな中、マインはぴょーんと飛び跳ねて喜んだ。 「すっげ~~~!! マッジすっげ~~~ッスよ、セレスパイセ~~~ン!!」 「……え……な、なに……」  しこたま注入された聖力を使い果たし、いくぶんスッキリしたセレスは、ちょこまかと回りを飛び回られてただ困惑している。 「ししょ~と呼ばせてください! さっすがニンフの先輩ッスよぉ! もぉあたしなんかとは格が違いますねッ!!」 「え……えぇ……?」 「ししょ~がダメなら姉御!」 「い、いや、あの……」 「姉御もダメッスか!? じゃあなんならいいんッスかぁ!?」 「…………」  肉体的疲労と精神的疲労。ダブルパンチが効いたのか、セレスはそのまま倒れてしまった。
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