その30 『黒歴史』

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その30 『黒歴史』

 ガラゴロと荷馬車の車輪が凹凸だらけ、小石ジャリだらけの道を進んでいく。  相変わらず乗り心地は最悪だ。 「さーて、次はどこに行く?」 「え~っと……最寄りの町は……」  地図を見るウェスタ。その手元を倫も覗き込む。 「う~ん……しばらくは無人の野というか……何もなさそうですねぇ……」 「この点線は何?」 「さぁ……何でしょう」 「どれどれ?」  ひょっこりと覗き込んできたのはマインだ。 「あー、これは工事現場ッス!」 「工事現場? 何の?」 「さぁ? あたしもちょっと見たことあるくらいで、何を作ってるのかまでは」 「いやでもこれ。この点線、この辺から……こーのあたりまで、ずっと続いてるぞ。何十キロ……いや、何百キロか? いったい何を作ってるんだ」 「気になるなら行ってみます?」  工事現場に癒しの力を持つニンフ候補。全然縁がなさそうではある。 「でも、ここに立ち寄らなかったらもう他に寄るところなさそうだな……」  ここをスルーしたら、もう王都までひたすら野を行くだけだろう。王都につけばウェスタとはしばしの別れとなってしまうのだろうか。それは気が引ける。 「とりあえず、寄っていくか」 「あいあいさー!」  マインは元気よく返事をすると、御者に『この道をこっちへ』と指示を出した。  ――ユカオナの村を出発して、半日が経っていた。  マインを連れて行ってもよいか、などと言ったら果たして母君はどんな反応をするかと気が気ではなかったが、『何ぃ!? オメが勇者様のお役に立つだってぇ!? 行ってこい、行ってこい!』と、意外とすんなり了承が出た。  もしかしてニンフを輩出した町村にも補助が出るのかと後でコッソリウェスタに聞いてみたが、ニンフはあくまで勇者の私兵という扱いなので国からの補助はないらしい。 (なんだか悪いことした気がするが……すんませんマインの母さん。出世払いということで、迷惑かけた分も含め、いずれ必ず返しに行きますんで……) 「何考えてんスか?」  そんなことを考えていると、ひょっこりとマインが顔を覗き込んできた。 「ん? あぁ、いや……勇者の活動のために必要とはいえ、お前を巻き込んだり、村の労働力を奪ったりして悪いことしたなとちょっとな。まぁ必ず借りは返しに行くから」 「……あははっ!」  マインは笑い出した。 「ホント変に律儀ッスね、先輩は~」 「そうか? 普通だろ」 「いや律儀ッス。めっちゃ律儀ッス」 「そういえばリンくん、私の両親にも挨拶するんだって言って村に戻ろうとしてましたよね」  ウェスタも乗ってきた。 「変かな」 「いや、いいと思いますよ!」  ケラケラと笑うマイン。 「私もリンくんのそういうところ、ステキだと思います♡」 (この子はたぶん、俺がおならぷうとかウンチブリブリとか言っても笑ってくれるんだろうなぁ)  ウェスタはもはや何を言っても肯定してくれるだろうな、という謎の信頼感がある。 「先輩、昔からそうだったんスか?」 「ん~……」 「あっ、それ、私も聞きたいです!」 「えぇ……そんな聞きたいか? 俺の話なんて」  二人は顔を見合わせて、うんうん、と激しく頷いた。 「そう……じゃあ話すけど、礼儀知らずのクソガキの話だぞ。失望すんなよ?」  ――  話は小学生のころまでさかのぼる。  倫少年が己の優秀さを自覚したのは、小学4年生ごろのことだった。  このころになると、1年生、2年生のころには大差なかった学力の差というものが如実に現れ始める。  他のクラスメイトは70点、80点といった点数を取る中、倫少年はあらゆる教科で常に100点満点を取り続けていた。特に何か勉強していたわけでもない。逆に彼は『なぜ周囲の人間はこんな簡単な問題もわからないのか? 授業聞いてる?』と取れない理由が理解できなかった。  運動も得意だった。  ドッジボールでは若い先生の投げた強烈なボールをキャッチしてヒーローになり、50m走でもぶっちぎりで早かった。  幼いころの彼はまだルックスがよく、女子にもキャアキャア言われたものだ。  ――そのころが絶頂期だとも知らずに。  彼にはたった一つの欠点があった。  それは、"人の心がわからない"というものだ。  家に遊びに来た友達を、『今ゲームしてるから待って』と門の前で1時間待たせたり、友達の好きな子を言いふらした奴を"試しに正義感を振りかざしてみて"数人がかりで無視したり。  告白してきた子に漫画を読みながら『あっそう』と返したこともあったか――  そんな好き放題をしていた彼に、天罰が下り始めたのは中学生になってからのことだ。  中途半端な天性だけで万事をこなしていた彼は、中学校レベルになると早くもメッキが剥がれ始めた。  成績は中の上程度に落ち着き、体力も部活をやっている人間にどんどん追い抜かれて行った。  とともに、それまで蔑ろにしてきた人間たちから逆襲を受け始める。  無視したやつからは逆に無視され、友達も離れていった。小学生のころに悪目立ちしていたせいで不良どもにも目を付けられており、すれ違いざまに唐突に殴られたりもした。  今思えば、散発的な暴力だけでよくすんでいたと思う。カツアゲされたりもっと残酷なイジメを受けなかっただけ、中学校生活は全然平穏な部類だった。  めでたく中学生で鼻っ柱を叩き折られた彼は、ぼっち高校生として目立たぬよう教室の隅で密かに生きていく人生を歩むようになったのだった。  ―― 「……とまぁ、そういうわけだ。俺が筋を通すことにこだわるんだとしたら、クソガキだったころの反動だな」 「……」 「……」  二人はしばし沈黙した。  その後、まずはウェスタが微笑みながら返す。 「人は誰しも失敗するものです。その失敗が、今の優しいリンくんを作り上げたのだとすれば、それはきっといい経験だったのだと思います」 (だろうな。お前はきっとそう言ってくれると思ってた) 「仰る通りですね、巫女様。であれば今後はあなたも同じ失敗を繰り返さぬよう、あまり勇者様にデレデレしすぎないように」  と、それまで話に入ってこなかったセレスが、ぬるりと口をはさんだ。 「なっ……! あ、あなたこそ!」  顔を真っ赤にしたウェスタがセレスに向き直る。 「はいはいはいどうどうどう!」  そんな二人の間にマインが入って引き離した。 (うーむ……この一行はずっとこういう感じになるのか?)  そう思いつつも、倫はこれまで誰にも話したことのない黒歴史をぶちまけた解放感と、それを受け入れてもらったことに大きな安堵を感じていた。
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