その3 『はじめての夜』

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その3 『はじめての夜』

 森の近くの村――クリオナの村といったか。その一角にあるウェスタの家に招かれた倫は、部屋を一つ与えられ、特にすることもなくゴロゴロしていた。  与えられた部屋はどうも元はこの家の主のものらしいのだが、新聞を読みながら休日を謳歌していた彼は、哀れにも突如乱入してきた母娘に部屋を追い出されてしまったのだ。少し罪悪感はあるが…… (まぁ、勇者様が来訪してしまったのだ。仕方あるまい)  森での出来事を思い出し、布団を掴みながらグフフフフ、とベッドの上を転がり回る。 (マジで俺、やっちゃったのか。あのバケモノをワンパンで――いや、ツーパンか? いやいや、あれはもうワンパンといってもいいだろ)  今ここに鏡があれば、さぞ気色悪い顔をしているに違いない。 「失礼します、リン様ぁ!」 「わひゃっ!」  コンコンとノックをするのと同時にウェスタが入ってきた。 「何してるんですか?」 「見てわからない? することがないから毛布にくるまって遊んでるの。あと、ノックしながら入ってきたらノックの意味がないだろ! まったく、デリカシーのない娘ね!」  あちゃー、と頭をコツンとしながら。 「お構いもせずすみません。歓迎の準備ができましたので、広場に行きましょ!」  と、倫の手を取って走り出す。 (あっ、好き――)  トゥクンと胸が高鳴る。これが、倫にとって初めて異性と手をつないだ瞬間であった……。  → * → * → * → * → * → * →  空が赤く染まる中、村の広場に行くと横断幕が掲げられ、テーブルの上に色とりどりの料理が盛り付けられていた。村長らしき老人が歩み出てきて、何かグダグダと話してくるが、倫の目は料理にくぎ付けになっており耳に入ってこない。 (あぁ……そういえば、飯も食わずにゲーム買いに出かけてそのままこっちに呼び出されて、まだ何にも食ってねぇや……お、あの肉旨そう。あっちのはポテサラ的な?)  と、そんなことを考えているとようやく村長の長話が終わり、乾杯の音頭が鳴った。  さっそく取り皿に料理を山盛り盛っていると、ウェスタがやってくる。 「ふふふ、そんなに盛ったら落ちちゃいますよ」 「ふぉお、ふぇふはは(おぉ、ウェスタか)」  口いっぱいに肉を頬張りながら話す。 「ムグムグムグ……ゴクン。しかしこりゃ何の騒ぎよ? 勇者ってのは、所詮何十人もいるうちの一人なんでしょ? 俺がこの村に来たのが、そんなに嬉しいもんかね」 「そりゃ、そうですよ。あのスライムひとつとってもそうですが……普通の人には、魔物を倒すなんて簡単なことじゃありませんからね。それをリン様、あなたはいとも簡単にやってのけたのです」 「あ、やっぱ、そーお? おほほほほ」  みよーんと鼻が伸びていく倫。  彼の自尊心が満たされることなど、ここ5年ほど全くないことだった。小学校のころはクラスで1番になったこともあるかけっこも、中学校にあがると中間レベルになり、高校になると下位に落ちて行った。勉強も同じ。天性だけでなんとかなった小学生と異なり、中学生以上になると部活や塾に行っていない倫はどんどん置いて行かれた。  朗らかだった性格も天狗の鼻が折れるとともにだんだん卑屈になっていった。それがどうだ。この世界では誰もが俺様を讃えるではないか! 異世界ものはやっぱ、こうじゃなくちゃな! 「そうそう。きみのお母さん……」 「あ、シルヴィアといいます」 「シルヴィアさん。きみがスライムに襲われてるとき、俺にセーシを撃てとか言ってきたけど……実際撃てたけど、あれ、なに? みんな知ってることなの?」 「えぇ。聖なる粒子と書いて、聖子。男性にのみ宿る力のことです」 「あー……聖なる粒子ね。ハイハイ。そういうことね……女性にはないんだ」 「そうですね」 「男性に宿るってことは、別に俺じゃなくてもあの力は使えるの?」 「使え……ない、ですね。聖子自体は全ての男性に宿るとされていますが、あれほどハッキリと白い輝きをもって実体化する聖子は、勇者様でないと放てないと言われています」 「おほほほほ、そーかそーか」  すっかり気分がよくなった倫は、料理を次々に平らげていった。  → * → * → * → * → * → * →  翌朝。  目覚めた倫は、大あくびをかきながらベッドから身を起こした。  昨晩は村ぐるみで遅くまで飲めや歌えやの大騒ぎ。いい気分だったとはいえ慣れない宴会でヘトヘトで、家に着くなり死んだように眠ってしまっていた。 (昨日のは、夢……じゃないよな。うん、目覚めたらウチのベッドかと思いきや、普通にウェスタん家だし……)  現実を確かめるように、窓から外を眺めていると、またしても不意に扉が開いた。 「おっはよーございます、リン様ぁ!」 「ひょっ!?」  振り返ると満面の笑みのウェスタ。 「お前なぁ! ヒトの部屋に入る時は千本ノックしてからっていつも言ってるでしょ!」 「あっ、ごめんなさーい!」  昨日にも増してニコニコ笑顔。 (あっ、好き――)  女の子に笑顔を向けられるなんて、小学生以来なかったことだ。一瞬でメロメロになる。 「今日は近くの町まで出かけようと思います。準備してください、リン様っ!」 「これまた急だね。いったい何しに? てか、俺、これからどうしたらいいの? 王様のところに行って挨拶して、武具とかお金を受け取って魔王討伐に乗り出すべき?」 「あー、ご心配なく! その辺もおいおいバッチリ、やっていきますから。万事お任せください!」  言うと、ウェスタはパタパタと階段を駆け下りて行った。 「…………」 (なーんか…………うさん臭くねぇか……?)  ここまでロクに状況の説明もなく、なし崩し的にコトが先に運ばれようとしている。魔王でもなんでもどんとこいや、と図に乗っていたが、一晩経って少し冷静になってきた。 (あの子やこの村の人たちの言うことだけ鵜呑みにして行動するのは危険かもな……そういう意味でも、隣町に行ってみるのは悪くねーか……)  → * → * → * → * → * → * →  身支度をすませ、玄関を出るとウェスタが待っていた。 「あっ、ステキ、リン様!」  と、まずは褒めてくれる。 「サイズ合ってますか?」 「あぁ、うん。悪くないよ」  昨日着ていたTシャツとジーンズは洗濯してもらっているので、今日は親父さんの服をお借りしている。なかなか冴えない服だ。よくある転生モノだと髪の色が特殊だったり、目つきが悪いといいつつイケメンだったりするのだが自分にはそういう特色はない。冴えない顔も相まって、完全に村人Aと化した。これが勇者だなんて誰も気づかないだろう。  ハハッ、と、自嘲気味に笑いつつ、ウェスタと並んで歩き始める。 「どうかしました?」 「いや、俺たち、釣り合ってないなぁと思っておかしくなっただけ」 「あ……えへへ~……ごめんなさい、私なんかが勇者様に馴れ馴れしくしちゃって」 「え?」  話がかみ合っていない。 「そういうことじゃなくて……」 「?」 (……って、言えるかァ~~~~!!!)  君みたいな超絶可愛い女の子と俺なんかが……なんて、そんなセリフ言えるはずがない。  ボリボリと頭を掻く。 「あ~、なんでもない! 忘れてくれっ! それより、隣町までの道中って安全は大丈夫? 魔物とか出ない?」 「魔物は世界中に蔓延していますから、遭遇してしまう可能性はゼロとは言えませんね」 「おいおい、大丈夫なのかよ、それ」 「大丈夫ですっ! 私にはリン様がついてますから!」  ぴょーんと、腕に抱きついてくる。 (あっ、好き――)  さすがにこれはオーバーキルだ。たまらず聖翼が解き放たれ、バッサァと背中から光が溢れ出す。 「わっ!」 「あっ、やっ、これは……」 「さすが勇者様! いつでも臨戦態勢、どんと来いというわけですね!」 「あ、うん、そんな感じ……」  その光が目立ったのだろうか。早速魔物が目の前に躍り出てきた。 「きゃあっ!」 「下がってろ!」  ウェスタの手を振りほどき、前に出る。  狼のような魔物が3体、行く手を阻んでいる。 「後ろは大丈夫か!?」  ハッとして、キョロキョロと後ろを見渡すウェスタ。 「大丈夫です、リン様! 魔物はその3体で全部のようです!」 「そーかい!」  言いながら、飛び掛かってくる最初の一体を両手を組んで狙い撃つ。 「聖弾ッ!!」  瞬間、大きく開かれたその口を白光が貫通し、魔物は脳漿をぶちまけながら崩れ落ちた。 「すごい、リン様ぁ! すごい射聖ですっ!」 「ちっがーう、聖弾!!」  言ってるうちに左右から同時に魔物が飛び掛かってくる。 (やれるか……? いや、やるッ!!)  組んでいた手を離し、腕を大きく左右に開く。 「双聖弾ッ!!」  さきほどより幾分か細い白光が同時に魔物を貫いた。 「……ふぅ、やったか……」  命のやり取りは2回目。まだ全然慣れないそれに、今更ながら嫌な汗が噴き出してきて足が震えだす。 「すっごーーーい!! 3連続射聖なんて、こんなの見たことありません! さすがリン様ぁ!」 「聖弾だっつの!!」 「でもリン様、聖力の方は大丈夫ですか?」 「え、聖力?」 「はい。いくら勇者様といえど、普通は1日に3、4回が限界だと聞きます。リン様は今、3回射聖しましたので……」  そう言われれば、先ほどまでビンビンに広がっていた聖翼がしおしおと縮こまってしまっている。 「もう魔物に遭わないよう、急いだほうがいいかもですね」 「そうだな……隣町までは、あとどれくらい?」 「そう遠くはありません。ほら、あそこ。もう門が見えていますでしょ」 「おぉ、あれかぁ。数百メートルってとこかな。よーし、もうひと踏ん張りするか!」  倫とウェスタは再び、並んで歩き始めた。
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