その4 『あわれ、覗き魔。判決は……』

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その4 『あわれ、覗き魔。判決は……』

「おおーっ……」  チクーニの町。そこは、見渡す限り森と畑と木造の家しかなかったクリオナの村とはガラリと雰囲気が変わり、石造りの家が整然と立ち並ぶいかにも都会といった雰囲気であった。 「すげー。いうてもほんの数キロでしょ。それが……変わるもんだなぁ」 「いやー、ウチの村が田舎すぎてスミマセン」 「あっ、ごめん。そんなつもりじゃ……」 「いえいえ。ホントのことですしお気になさらず!」  ウェスタはまるで気にしていないようだが、こういうところで気が利かないのが陰キャの証。 (あ~~~……やっちゃったぁ~~~……!!)  と、責められてもいないのに一人悶々と言ってしまったことを後悔する。(こっちの方が真の陰キャの証)  そうして倫が一人頭を抱えていると、『でも……』と、ウェスタが口を開く。 「でも私、自分の村に誇りを持ってますから、別にこっちに住みたいなんて全然思ってないんです。ホントですよ?」 「そ、そう?」 「はい。パパもママも、村長も近隣の人たちもみーんないい人ですし、みんなでとった麦で作るパンはとっても美味しいんですから。私、クリオナが大好きなんです!」 「ゴホッ!」 「?」 「ゴホッ、ゴホッ、ゴッホ、ゴホホッ!!」 「ど、どうしたんですか、リン様?」  → * → * → * → * → * → * →  石畳の道を行く。 「なぁウェスタ、どこに向かってるの?」  出かけるとだけ聞かされていて、何をしにどこへ行くのかまだわからない。  少し先を行くウェスタが振り向いて答える。 「はい、馬車屋さんです!」 「馬車屋……? 馬、借りに行くの?」 「いえ、それに乗って少し離れた町へ行くんです」 「……」  立ち止まる倫。  ふと、異変を感じたウェスタが振り返る。 「リン様? どうされました? ……あれっ?」  倫の姿は忽然と消えていた。  → * → * → * → * → * → * → (……悪い奴では、ないと思う) (でも、どうにもわからないことが多すぎる) (……それに、あいつ……朝は『近くの町までちょっと出かける』って言ってた。それが今度は馬車に乗って離れた町に? なんか……なーんか企んでる気がする)  クリオナの村が好きだと言ったあの澄んだ瞳には嘘はないと思いたい。まぁ、街中で綺麗なお姉さんになんかのセールスとかの勧誘をされてもコロッと騙される俺の勘なんて信用できないが。  とにかく、今はこの世界の情報を集めなければ。  そんなことを考えながら民家の壁を乗り越えて逃走していると、ふと人の気配を感じた。  壁の上から建物を見上げるとそこには窓があり、窓の奥には着替え中の若い女性の姿―― 「……」 「……」  硬直する両者。 「……な……」 「ナイスバディー」  やっと言葉を絞り出しながらサムズアップをする。  悲鳴が上がるのは、それと同時だった。  → * → * → * → * → * → * →  薄暗い地下室。  庭で掃除をしていた家政婦に取り押さえられた倫は、椅子に縛り付けられていた。  やがて、コツコツと男のものらしき重めの足音が階段を下ってくる。 「セレスの部屋を覗いていた男というのはこいつか?」 「はい、旦那様」 「よく捕まえてくれた」  旦那様と呼ばれた恰幅のいい髭面の男は、家政婦のおばさんに一つかみ硬貨を握らせるとその場を下がらせた。  そのままコツコツと倫の方へ歩みを進めると――  ゴツン、と、持っていたステッキで無造作に殴りつける。 「あっ……たぁぁ………!」  ひどい。なんてことをするんだ。お父さんにも殴られたことないのに。 「たまにいるのだ。貴様のようなどうしようもないクズが。たかが覗きと、見逃してもらえると思ったら大間違いだぞ。儂はしっかりと通報するからな」 「ご、誤解です。勝手に敷地に入ったのは悪かったです。でも俺、ただ人から逃げていただけで……」 「この期に及んで言い逃れか。ますます救いがない。まぁよい、くだらぬ欲のために捨ててもいいような命なのだろう。貴様はその程度の存在だ」  え?  今、何て言った? 「あ……あの……今、とても物騒な言葉が聞こえた気がするのですが……あ、あれぇ~? 聞き間違いかなぁ~?」 「何が聞き間違いなものか。貴様は死罪だ」 「…………え?」 「えぇぇぇぇぇええええええ!!??」  嘘だろ!? たかが覗きで死刑!?  「ち、ちょっと待ってください。えーと……すみません、大変失礼ですが、ここは高貴な御身分のお家だったでしょうか……?」 「いや、普通の家だぞ」  だったらなんで? 理解が追い付かない。 「す、すみません。俺、ここに来て日が浅くて。この国の法とか全然知らなかったんです。もう二度としませんから、どうか許してください……」 「カイルス国王聖下が定められた絶対の法だ。知らなかった、で通るわけがなかろう」 「絶対の……法?」 「そうだ。この国では、女は15歳になると聖役を課される。それを終えるまでは純潔を守ることが義務なのだ。破った者はもちろん死罪。それを脅かそうとした者も同様だ」 「お……脅かそうとした? お宅を通り過ぎさせてもらおうとしたときに偶然にも窓からチラッと見えてしまっただけですよ」 「覗き魔はみんなそう言うのだ!」  にべもない。  浅はかだった。知らない世界でうかつに一人になるべきではなかった。  → * → * → * → * → * → * →  広場には、通報を受けてやってきた兵士たちが数人。なんだなんだと集まってきた野次馬たちが何十、何百と集まっていた。 (……みじめだ……)  後ろ手に縛られ、縄でつながれて人ゴミをかき分け兵士たちのもとへ進む倫と髭面の男。テレビで見た凶悪犯罪者が連行されるシーンがこんな感じだった。まさか自分がそうなるとは。 (異世界召喚されて英雄になると思ったら覗きで捕まって死刑で終了……なんじゃそりゃ……)  やがて広場の中央にたどり着き、髭面の男から兵士たちにその身柄が引き渡され―― 「あっ! リン様!」 「!!」  振り返ると、人ゴミの中でも一目でそこにいることがわかる可憐な少女の姿。 「ウ……ウェスタぁ~……助けてぇ~…………」  倫は泣き出してしまった。情けなさの極みである。  今さら泣きついたところで、事態はただの村娘であるウェスタにはどうにもできないところまで来てしまっている。それはわかっている。わかっていても、縋らずにはいられなかった。  それでもウェスタは人ゴミをかき分けて駆け寄ってくる。そして、髭面の男の前に立った。 「あ、あの! この方が何かしたんですか?」 「あぁ。家の壁を乗り越えて、窓から儂の娘の着替えを覗いておった」  みじめ、極まる。 「リ……リン様……」  俯いていても、ウェスタが今どんな表情をしているかが想像できる。とても今、顔を上げることなどできなかった。  が、そこへウェスタの方から姿勢を低くして目線を合わせてくる。 「……もぉ~……しょうがないヒトですねぇ。そんなに我慢できなかったんですか?」 (……へっ?)  ウェスタの反応は、予想外に軽いものだった。 「慌てなくても、これからいくらでもそういうコトできますから。まずは手続きしに行きましょ?」 「……え?」  ポカーンとしていた髭面の男が詰め寄ってくる。 「な、なにをぬかすか小娘! 聞いておらなんだか? この男はな、儂の娘の――」 「聞いていましたよ。ですから、この方にはその権利があるんです」 「け、権利だとぉ!? バカを言うな、聖役前の女に近づいていい権利など、聖下と、勇者の他には――」 「はい。ですから、この方が勇者様です」 「…………」 「…………」 「えええぇぇぇぇぇぇええええええええっ!!!!????」
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