その5 『絶体絶命!』

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その5 『絶体絶命!』

「わぁ……こんなに大きくなって……」 「さ……触ってもいいですか?」 「う、うん……優しくね……」  ウェスタがおっかなびっくり、倫のそれをさわさわと触る。 「私、こんなの初めてです……」 「お、俺も……初めてだよ……」 「じゃあ、被せますね……」  ウェスタは、被せるものを倫のそこに被せ、その上から優しく擦った。 「うっ……! ダメだ、ウェスタ、そんなにしたら……」 「まだダメです、ガマンしてください」 「い、いや、もうムリ……!!」 「ったい! たいたい!」  髭面の男にステッキで殴られた左頭部。応急処置をするウェスタの手から逃れようと身をよじると、木骨にガツンと頭を打った。 「ッッアッッーーーーー!!!」  声にならない声をあげる倫。 「あぁっ……ごめんなさい、リン様!」  今、ウェスタと倫は他の何組かの商人などと乗り合いで、幌馬車に乗っていた。 「それで」 「これからどこに向かうの、俺たちは?」  少し拗ねながら、ふくれっ面で問う倫。 「はい。このあたり一帯の領主様である、セルプレ公爵がおわす場所――フキシオの町へと向かいます」 「公爵っていうと……王族? めっちゃ偉い人?」 「そうなんですかね……? すみません、学がなくて。詳しいことはよくわかりませんが、とにかく私が勇者様の召喚に成功したことを領主様に届け出れば、晴れて聖役は免除! ブイブイ! というわけなんです!」 「……そーれが狙いかい……」  はぁーーーーー、と、大きなため息をつく。 「あの髭面のおっさんも言ってたけど、聖役って何? そんなに嫌な、避けたいことなの?」 「そりゃー嫌ですよぉっ」  うげぇっ、と、苦虫を噛み潰したような顔をするウェスタ。 「聖役っていうのは、この国の女性全員が通らなければならない道で、15歳になると王都オルガズムに全員集められます」 「全員? スゲー数になりそうだね」 「そうですねぇ……毎年、数万人が集められると聞きます」 「で?」 「その中から、最初に聖下が直々に数百人を選抜します。聖下に選ばれなかった者は、与党の関係者に分配されます」  選抜? 与党? 疑問は浮かんだがそれはいったん置いておき、話を最後まで聞くことにする。 「与党の関係者にも選ばれなかった者は、野党の関係者に分配されます。そこでも選ばれなかった者は、帰っていいことになります」 「ふーん……誰にも選ばれなかったら、その子にとっての聖役は、そこで終わりなんだ」 「そうなります」 「じゃあ、選ばれた子はどうなるの?」 「はい……」  絵画の如き少女が眉間にしわを寄せ、心底嫌そうな顔をする。 (うーむ……どんな顔をしても可愛いな……)  などと考えていると。 「聖子を……いただくんです」 「ふぁ!?」 「選ばれし方々から、強い聖子をいただくこと……それが私たちに課された役務なんです」 「聖子って、聖なる粒子?」 「はい」 「それって、どうやってもらうのか……聞いてもいい?」 「……はい」  少し間をおいて。 「夜、湯浴みを済ませて、聖行為用の衣装に着替えて、お相手の寝室に行って……」 「行って……?」  ゴクリ、と生唾を呑む。 「聖子を撃ち込んでもらいます」  ガクッとコケかける。 「もっと具体的に! 撃ち込むって、どのような行為に及んだあと、どのような体勢で、どこに!?」 「え? え? え?」  鼻息荒く迫る倫に困惑するウェスタ。 「えーっと、行為というと……まず男女が正対し、×(クロス)を切って……」 「ふんふん」 「跪き、腕を組んで、神に祈りを捧げます」 「ふんふんふん、それでそれで?」 「女性はそのまま。男性は組んだ腕から人差し指を伸ばして……」 「ひ……人差し指で……?」 「女性に向かって射聖します」 「ズコーーーーッ!!」  倫は馬車の中でズッコケた。 「ね、すごく嫌でしょ?」 「ね、と申されましても……」 「ん、ちょっと待って。射聖って、俺がスライムや狼にやったあれのこと?」 「はい」 「人に向けて撃っていいの、あれ?」 「絶対安全なものではありませんが、魔物ほど大きな被害を受けるものではない、らしいです」 「ふーん。まぁ、魔物だし聖属性には弱いってことなんかね」 「あれ。てか、きみ昨日『射聖は勇者しかできない』って言ってなかった?」 「そうでしたっけ? まぁ、確かにリン様ほどハッキリとした強い光は勇者様しか発揮できないと言われています。ママも昔、聖下に選抜されたらしいのですが、光は暗闇の中でわずかにボンヤリ見えるくらいのものだったと言っていました」 「そうなんだ……って、ママ? シルヴィアさん?」 「えぇ」 「それって、20年……くらい、前?」 「そうですね」 「じゃあ聖下って、けっこうお年を召してるのかな……?」 「ですよォ~! 70歳を超えるヨボヨボのおじいちゃんです! ねっ! そんなおじいちゃんに受聖させられるなんて、絶対嫌ですよねっ!?」 (ジ……ジュセイ……? いや、落ち着け俺。もうパターンだこれ) 「ジュセイって……?」  恐る恐る聞こうとした、その時。 「ぐぁぁっ!」 「ヒヒーン!」  御者の悲鳴と、馬の鳴き声。  なんだなんだ、と乗客がざわめく時間もほとんどないまま、顔をフードで覆った男が馬車に乗り込んできた。 「動くな! 欲しいのは金と物と女、それだけだ。大人しく差し出すなら残りはこのまま帰してやる。抵抗するなら――」  クイ、と馬車の外に顎を向ける男。誘われるまま視線を向けると、馬車の外には事切れた御者が力なく横たわっていた。 「えっ……ちょっ……待っ……!?」  異世界初の人死に。頭が真っ白になる。  ウェスタが腕にしがみついてきたが、倫にはそれを知覚する余裕すらなかった。  誰一人言葉を発することもできず、固まっている中、次々とフードの男――盗賊たちが乗り込んできて手慣れた様子で荷物を外に運び出していく。  ウェスタも乱暴に腕をとられ、倫から引きはがされた。 「見ろよおい、こいつすっげぇ上玉だぜ」 「ひゅー♪」 「こりゃお頭もお喜びになるな」 「きひひっ、3日も経てば俺たちにも回してくれるかな」 「い……いやっ、痛い、離して――」  ウェスタが身をよじった、そのとき。  ドゴッ、と、容赦なく腹に拳がめり込んだ。  抵抗の力が抜けると、盗賊の男はひょいと米俵でも持つように彼女の体を担ぎ上げる。  ここに至っても、倫は恐怖のあまり身動き一つできずにいた。  ウェスタを担いだ男が荷台の縁に足をかけると。 「はっはっは! 滑稽よのう」  荷台の奥から、若い女性の声がした。  男が振り返る。 「……おい、今の声……どいつだ? 立て」  促されるまま、荷台の奥に座っていたフードの者が立ち上がり、フードを取った。 「…………!!」  思わず言葉を失う盗賊の男。  フードから零れ落ちた黄金の長髪は、薄暗い荷台の中にあってまるでそれ自体が光を放つかのように眩しく輝き、その双眸は炎のように紅く盗賊たちを見据えていた。  座り込んだまま恐怖に固まっていた倫ですら、横から差し込む光のようなものを感じ顔を上げる。  ――その顔を見た瞬間、呪いが解けるかのように筋肉の緊張が緩んだ。 「な……なんだ、てめェは」 「糞が、汚らわしい口で妾に糞を吐くでない」  絞り出すように盗賊が声をかけた瞬間、被せるように女の罵倒が飛ぶ。  荷台の入り口と女が立つ奥は十分に距離があるのだが、それでも女は男から飛ぶ唾液を防ごうとでもいうのか、懐から扇子を取り出し、口元を覆った。 「て、てめェ……誰が糞だってェ!?」 「糞じゃ。糞に糞と言って何が悪い――いや違う。それでは糞に失礼じゃ。よかろう言ってみよ。糞に失礼のない貴様らの呼び名はなんじゃ?」 「こ……このアマぁぁぁ!!」  ウェスタを乱暴に床に落とすと、盗賊の男は小剣を取り出し金髪の女に向かって猛然と走り出す。 「聖弾ッ!!」  その足を、撃ち抜いた。 「!!」 (どうだッ……!?) 「ぐっ…………あぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!」  盗賊はその場に倒れ、足を抱えて苦しみだした。  見たところ外傷がある様子はないが、効いているようだ。  意外そうな顔をしている女。  倫は立ち上がって言う。 「きみ、無茶なことするなよ。もうちょっとで殺されるところだったぞ」 「殺される? 妾がこんな糞以下の塵共に? はっはっは、これは滑稽」 「なんだなんだ?」 「おい、どうした!」  異変に気付いた盗賊たちが入り口に集まってくる。 「あぁもう! 言わんこっちゃない!」  倫が外へ飛び出そうとすると―― 「伏せておれ」 「んぐぇッ!」  女に床に抑え込まれる。ウェスタより細そうな腕にもかかわらず、信じられない力だ。 「S・K、K・K、賊を無力化せよ」 「ハッ」  女が命令すると同時に、荷台の奥から二人の男が飛び出していく。 「あ……あんたたちはいったい?」  問うが、女は倫のことなどまるで視界に入っていないかのように無視する。 (痛っててて……そこコブできてっから触るなよっ……あ、でも指が細い……ウェスタよりしなやかで柔らかい……それにスゲーいい匂い……じゃなくて! なんなんだこいつら?)  馬車の外に目を移すと、S・K、K・Kと呼ばれた2人の男たちが盗賊どもを次々と無力化していた。  やがて20人ほどいた盗賊の半分ほどが倒れると、女は馬車からひらりと飛び降り、マントを脱ぐ。 「……!!」  倫を含め、その場にいた者たちが一斉に息をのみ、不自然なほどの静寂が訪れた。  黄金の髪とは対照的な漆黒のドレスからはひと目で高貴な人物であると理解させられた。それでいてフリルやリボンなど、ところどころに差し込まれた真紅は強い意志の力を感じさせる。  S・KとK・Kは電光石火の素早さで彼女のもとへと駆け寄ると、まずK・Kが口を開いた。 「控えろ、賊どもッ! この印章が目に入らぬか。ここにおわすお方をどなたと心得る! 恐れ多くもセルプレ公がご令嬢――ユーノ・レア・フォルトゥーナ様にあらせられるぞ!」  S・Kが続く。 「ご令嬢の御前である! 頭が高い! 控えおろうっ!!」  賊どもを前に毛ほどの緊張も示さず威容を示すユーノ嬢。その前に仁王立ちする二人の屈強な従者。倒れている10人の仲間たち。  もはや残る10人の盗賊どもにも戦意は残っていない――はずだった。 「おやぁ……? これはいったい、何事ですかねぇ……」 「!!」 「お頭!」 「お頭ぁっ!!」  "お頭"と呼ばれる男が、脇に広がる林の中からぬるりと姿を現した。  馬車の進行方向からして右手側からやってくるお頭。  が、ユーノ嬢はそれを一瞥すらせず、まっすぐ前を向いたままだ。彼女の代わりにS・Kが振り向いて叫ぶ。 「控えろ下郎っ! こちらにおわすお方をどなたと――」 「黙れ」  お頭がS・Kに右手を向けると、真っ白な光が彼の胸を撃ち抜き―― 「――!!」  これまで余裕を貫いていたユーノ嬢の目がはじめて、大きく見開かれた。
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