04 黒髪美人

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 砂利敷きの駐車場にはキンパツが乗っていた軽自動車があり、その横に大きな黒い車が止まっていた。 「ご当代様」  ずっとそこで待っていたのか、黒髪美人と同じような服装の男が白い息を吐いて駆け寄ってきた。  『ご当代様』とは、まるで時代劇みたいな敬称だ。黒髪美人はどこかの名家の当主なのだろうか。  駆け寄ってきた男も髪が長かった。整った顔はどこか黒髪美人に似ている。  『黒髪美人2号』だな、と一瞬で思った。でもそれだと長いから『2号』でいいか、と次の一瞬で思い直す。  2号は寒い中でずっと待っていたはずなのに、鼻や頬が赤くなったりしていない。  風が吹いて、わたしは急に感じた冷気に肩をすくめたが、黒髪美人も2号も姿勢を崩すことなく、二人とも、どことなく浮世離れした美形だった。  2号はわたしを怪訝な顔で見下ろした。 「あの、この子は?」 「そこで保護した。中に不埒な男が一人転がっている」  2号は眉をひそめた。 「通報しますか?」 「面倒だから放置でよい。凍死する可能性はあるが……」  黒髪美人はちらりとこちらを見た。  視線の先には、まだ血の乾かない右手の傷がある。 「やはり放置でよい」 「その子は警察へ?」 「いや……」  黒髪美人は少し考えこみ、大きな手でわたしの髪についていた枯葉を払った。 「少し特殊な子のようだ。こちらで保護する」 「かしこまりました。子供の世話に慣れているものを手配します」  2号が胸ポケットからスマートフォンを取り出す。 「ああ、それから三輪山、叔母上を呼んでくれ」 「清香様、ですか? 都内には高野先生もいらっしゃいますが」 「未遂とはいえ怖い思いをしたようだ。女性の医者の方がよかろう」 「かしこまりました」  2号が電話をするうちに、黒髪美人は車の後部座席にわたしをそっと乗せて、自分もその隣に座った。 「手を見せてみなさい」 「はい」  わたしが両手を差し出すと、黒髪美人は瞬きし、一拍置いてから、傷のある方の手を取った。 「ざっくり切ったようだな。痛むか?」 「少し」  黒髪美人の大きな手がハンカチを出して、わたしの手を器用に包んだ。思ったより、深い傷だったらしい。白いハンカチに、じわじわと血が染みていく。  よく見ると、わたしの肩にかけられた上質そうなコートも、黒髪美人の着ている背広も、ところどころ血で汚れてしまっていた。 「あの」 「ん? どうした?」  こういう時、いろいろ汚してしまったことをあやまるのが普通なのだろうか。 「えっと……」  『親』でない人と話をするのは慣れていない。  わたしが言い淀んでいる内に、2号がするりと運転席に乗り込んできて、すぐに車を発進させた。 「お待たせしました。マンションに向かいます」 「ああ、頼む」  黒髪美人は穏やかな顔でわたしを見る。 「そういえばまだ名乗っていなかったな。私は加賀見とうくろ……」  はっとしたように言葉を止めると、黒髪美人はなぜか苦笑して言い直した。 「加賀見冬十郎だ。冬に数字の十に野郎の郎で、冬十郎」 「とうじゅうろう……」 「様だ、様! 冬十郎様とお呼びするように」  運転席で2号が大きな声を出す。 「冬十郎様」  わたしが様をつけて言い直すと、黒髪美人こと冬十郎は少し目を細めた。 「もう一度、呼んでみてもらえるか」 「え、はい。冬十郎様」 「うむ、悪くない響きだ」  と、冬十郎はなぜかくすぐったそうに笑った。
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