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32 痛いこと
ふかふかのベッドで目を覚ました。
どのくらい経ったのかは分からないけれど、洒落た間接照明の明かりと、寝具の柔らかさで、違う場所にいるのが分かった。
金属が激しくぶつかり合うような音が近くでしている。
「おのれっ……!」
「させるかっ……!」
争うような男の声が複数、本当にすぐ近くで聞こえる。
慌てて身を起こそうとすると、くらりと眩暈がした。
歯を食いしばるように力を入れて、上半身を起こす。
その瞬間、男の胸に刃物が突き刺されるのを見てしまった。血を吐きながら、軍服姿の男が倒れる。刺し貫いた方も、同じ軍服の男だった。
よく見ると、さらにもう一人、同じ軍服を着た男が床に倒れている。
三人とも長い黒髪の一つ縛りでほとんど見分けがつかない。多分、白髪の男が引き連れていた者達なんだろう。
争いに勝った男が、血をはらう様に刀をビュンと振って鞘に戻した。
目が合った。
「汚しちまったな」
男がぼそりと言った。
ベッドや床だけでなく、わたしの体にも少し血がついていた。
「お前、怖くないのか? 悲鳴もあげねぇし」
怖くは無かった。
さらわれるのには慣れているし、わたしを争って喧嘩になるのもよく見たし、何よりも、刺されたのは冬十郎じゃなかったから。
男がポケットから結束バンドのようなものを出して、死んだような男達を拘束していく。
「殺したの……?」
「いや。俺らは何したって死なねぇから。数十分もすれば意識を取り戻す」
「そう……」
「お前、自分で立てるか。バスルームまで連れて行った方がいいか?」
男の質問の意味がよく分からなかった。
わたしをさらうのが目的なら、相手を動けなくしたらすぐにわたしを連れ去るはず。
「血の汚れ、気持ち悪いだろ。洗ってやるか?」
「え、あ、自分で……」
立ち上がろうとしたが、ふらついてしまって壁に寄り掛かった。
「ずいぶん強い薬を盛られたみてぇだな」
「あの、わたしの服は……?」
わたしが身に着けていたのは大人用のバスローブだった。
「さあな、俺が気付いて追いかけてきた時には、お前は裸だった」
ではこのバスローブはこの男が着せてくれたんだろうか。
男が近づき、「触るぞ」と断ってわたしを抱き上げる。
一つに縛った長い黒髪、少し釣り目の整った顔、バランスの取れた若い体付き。冬十郎と同じ『蛇の一族』なのは見ただけで分かる。
白髪の男の部下なのだろうが、敵意は感じられなかった。
男がわたしを見る目はほかの誰とも違っていた。『親』になりたい大人達の目とも違うし、キンパツやピアスの男のような嫌な目つきでもないし、冬十郎のような甘く優しい目でもなかった。
わたしをさらいたいわけでは無いんだろうか……?
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