32 痛いこと

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「それで、なんて答えたんだ?」 「冬十郎様が望むなら、してくださいって」 「で、痛いことをされたのか?」  わたしは首を振った。 「冬十郎様は何もしなかった。ただ優しく抱きしめてくれて、一緒に眠っただけ……。ねぇ、痛いことってどんなことなの?」  身を乗り出すと、息を呑んだように男が動きを止めた。 「お前、分かっていてやっているのか」 「え」 「そんな目をして、しかも裸のままで、誘うようなことを言うな」  怒ったように吐き捨てて、男が脱衣所を出ていく。  わたしは慌ててバスタオルを羽織って、男を追いかけた。 「待って、どういう意味か分からない」  クローゼットを開けようとしていた男が、ため息を吐いた。 「今のお前を抱くのはあまりに痛々しくてかわいそうだったんだろ……。きっとお前がもう少し大人になったら、男と女の全部を冬十郎様が教えてくれるさ」 「男と、女の……?」 「ああ、まるっきり何も知らないわけじゃないんだろ? 男と女がすることだよ」  男と女。  七瀬はわたしに、冬十郎を男として好きなのかと聞いた。  あの大男は、わたしのことを性悪女だと冬十郎に言った。  わたしは冬十郎が男だろうと女だろうと、関係なく大好きだ。  でも、冬十郎はそうじゃないんだと、今更になって、やっと気付いた。  世の中には男と女がいて、恋人になったり夫婦になったり子供が出来たりすることを知識としては知っていても、ずっと誰かの『子供』として生きてきたわたしは、自分を『女』だとはあまり意識していなかった……。  冬十郎の叔母も、七瀬も、あの大男も、白髪の男も、わたしが冬十郎の『子供』になるなら、あんな風に眉をひそめなかったのかもしれない。  分かっているようでよく分かっていなかった。  絵本のお姫様は『女』で、王子様は『男』だった。  だから、冬十郎はわたしにキスをしたんだ。  冬十郎にとって、わたしは『女』だったんだ……。 「わたしは……冬十郎様の、女……?」 「ああ。だから、絶対に他の男にそういうことを聞いたりするな。冬十郎様が好きなんだろ」  少し呆けたように男を見返す。 「うん……わたしは冬十郎様が好き。誰よりも好き……」  でも初めて、ほんのちょっとだけ、冬十郎を怖いと思った。 「なら自重しろ」 「うん、気を、付ける……」  男はわたしから目をそらして、クローゼットの中を漁った。 「確かもうひとつバスローブあったよな。それ羽織って出るぞ」 「帰してくれるの?」 「んなわけねぇだろ。とりあえずここを離れるんだよ」 「……やっぱりあなたも、わたしをさらうの?」  男は振り返り、ちょっと息を呑んだ。 「だから、そんな目で見るな。変な気分になる」  グイっと乱暴な手つきで新しいバスローブを着せて、男はわたしを抱え上げた。
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