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33 人身御供
姫が監禁されていた古アパートから、それほど離れていないホテルで騒ぎがあった。
男の死体が二体発見されたというのだ。
パトカーと救急車がエントランス前に停まり、大勢の野次馬に囲まれている。
死体が生き返ったとか、そもそも死体ではなかったとか、現場が相当混乱しているらしい。
里の連中の一部の者が、先代の命令を無視して暴走しているのだろう。
警察が関係するような事態の収拾も、その後の始末もこちらの得意とするところだが、先代にも里にも手を貸してやるつもりはない。
我らはそのホテルを何食わぬ顔で素通りした。
近辺の防犯カメラの映像で軍服姿の男が、一人で姫を連れ去ったのは分かっている。
一度途切れていた『呼ばれる感覚』もまた戻ってきた。
準備が整ったら、あとはひたすら姫を追うのみだ。
「待たせたな」
表通りから一本裏道に入ると、一気に人通りが絶える。
街灯も少ない暗い待ち合わせ場所に、恭介はワンボックスカー五台で現れた。
ぞろぞろと、大柄な男達が降りてくる。
「二十人ばかり連れてきた。加勢するぞ」
鬼の一族の男達が車から次々と武器を降ろすと、こちらの社員達にそれぞれ使い方の説明をし始める。
「恭介、どういうことだ」
「出陣にお供すべく馳せ参じたまで」
と、おどけるような言葉が返ってくる。
「はぁ? お前も来る気か。武器だけでいいと言ったであろう」
「全面戦争するなら兵隊は多いに越したことはないと思うが」
「だが、蛇同士の争いに鬼を巻き込むわけには」
「妙な噂を聞いたもんでな」
恭介はぐいと私の腕をつかんだ。
「あの性悪女が死んだら、あんたも死ぬとか」
振りほどこうとしたが、鬼の力は強い。
「嘘だよな」
私の腕をつかむ手に、強い力がかかる。
睨みつけてくる目を、睨み返す。
「嘘ではない。私は姫に命を捧げる」
「はあ? 嘘だよな」
同じことを二度聞かれ、呆れて力が抜ける。
「疑うなら、右手の袖をめくってみればよい」
ざっと蒼ざめて、恭介は私の腕をつかんだまま袖をまくり上げた。
姫のつけた歯型が、夜目にもくっきりと見える。
恭介は舌打ちした。
蛇の体に傷が残ることの意味を恭介は知っている。
「本気か、冬十郎」
「ああ、この傷が私の心を証明している。私がこの先死ぬ理由はたった二つ。姫がこの世を去った時と、姫が私の死を望んだ時だけ」
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