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「なんでそこまで……」
「私は姫のいない世界を想像できない……。姫亡き後、伯母上のようには生きていけぬ」
「あんたはあれに精神支配されているだけだろうが! あの女が死んでその支配から抜け出せば、忘れることもできるさ」
私は首を振った。
「忘れたくない」
「冬十郎……!」
「初めて知った感情なのだ……! 伯母上は数百年も前にこれを知っていた。恭介もきっと知っているのだろう? でも、私は三百年生きてきて、やっと、初めて知った。この気持ちを忘れて永らえようとは思わぬ。それに……」
知らず、目尻に滲んでしまった涙を、左の指で拭う。
「それに、命を捧げることで私が姫を縛っているのだ」
「は?」
「姫を伴侶にと望んだのは私の方であり、姫が私を選んでくれたわけではないのだ」
「いやいや、あの女は相当あんたに執着しているだろ」
「執着と恋情とは違う。私は姫に優しい面しか見せず、信頼させて手懐けた。姫は最初、甘やかしてくれる保護者として私を慕っているだけだった。それを私が……」
少女の体にどのような欲を持って触れているのかを、口に出すのは抵抗があった。
「まだ……男と女の違いすら意識していなかったあの子に、私が……」
無垢だった唇が、次第に吸い返したり軽く歯を立てたりすることを覚えていき、今では自分から舌をからめてくるようになっている。汚していく罪悪感と、染めていく背徳感で、私は姫にますます溺れていく……。
私はブルブルッと首を振った。
「あの子の両親を探し出して帰してやる選択肢もあったのに、私は自分の欲を優先してしまった……」
「冬十郎……」
恭介の手がギリギリと私の腕に食い込んでくる。
「痛っ……そろそろ手を放してくれないか」
「あ? ああ悪い」
ずっとつかんでいることにやっと気付いたのか、恭介は慌てて手を離した。
恭介が鬼の力で握りしめた腕ははっきりと赤く指の跡がついていた。が、それはほんの数秒できれいに消え去った。
腕に残るは姫の歯型だけだ。
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