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「姫はまだ本当の恋も知らないが、私のそばにいる限りこの先も知ることは無い。あの子が本来見るはずだったもの、学ぶはずだったもの、出会うはずだったものを、私がことごとく遠ざけていくからだ。姫は何も気づかないまま、見えない鎖でつながれ、見えない檻に閉じ込められて、その一生を終える……」
恭介は、溜息をついて首を振った。
「まるで邪神に対して、狂信的に身を捧げる人身御供みたいだな……。すでに、一口齧られているし」
恭介の指が、そっと姫の歯形をなぞってきた。
私は瞬いて、恭介の言葉に首をひねる。
「お前の言い方だと、まるで姫が邪神で私が生贄のようだが」
「ああ、そういう意味で言った」
「いや逆だろう。聞いていなかったのか? 何も知らない少女に対して私は恥知らずにも欲情して……」
すべてを言えず、また口籠る。
『親』しか知らなかった子供に、私が何をしてきたのか。
そして、これから先、何をするつもりなのか。
それを思えば、どう考えても……。
「邪神は……邪なのは私の方だ……」
「そう思っているのはあんただけだ」
「恭介、私は……」
「蛇の頭領に命を捧げさせようとしているんだぞ。あの女の化け物っぷりを、あんたはきちんと理解すべきだな」
何を言っても食い違っていくようで、私は反論をあきらめた。
「とりあえず出発しよう。時間が惜しい」
「行き先は分かっているのか」
「ああ。あっちの方から呼ばれている」
南の方を指差す。
恭介が瞬く。
「ずいぶんとおおざっぱだな」
「ああ、姫に呼ばれるような感覚があって、おおよその方角ならわかる。連れ去った男は途中で車を変えたらしくて情報が途切れている。だが待っている暇はないのだ。里の連中より早く見つけ出さなければ」
連れ去った男はもちろん危険だが、『さらわれ姫』に恨みを持つ先代はさらに恐ろしい。
先代より一刻でも早く姫を見つけ出さなければ。
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