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わたしはちょっと姿勢を正して葵の正面に立った。
「あのね、葵。冬十郎様は、わたしから何を奪ってもいいと思う」
「極端なことを言うなよ」
「葵が言っていたように、とても痛いこととか、ひどいことをされるのだとしても、わたしは冬十郎様から離れたくない。自由とか、才能とか、そんなものも全部無くってもかまわない。わたしが一番欲しいのは冬十郎様で、冬十郎様はわたしに命を捧げるって言ってくれたから」
「でも」
「だって、わたしが死ねば冬十郎様も死んじゃうんだよ。それ以上わたしは何も望まない」
葵は何か言いたそうにしていたけど、結局はあきらめたように「分かった」と言った。
「とりあえず、あのマンションに向かうか」
葵の手がわたしの頭をポンポンと叩く。
「うん」
車の方へと、浜辺を二人で歩き出す。
「さっきから、葵はすごく穏やかだよね」
「え、そうか?」
「うん、初めはちょっと怖かったのに、今はなんだか……」
「あー、まぁ、そうかも? 姫様の歌声聞いてから、胸ん中があったかい感じでふわふわしてんだ」
「そうなの?」
「あのボロアパートで歌っていた声と、さっきの声、全然まったく違ってたから」
わたしは瞬いて葵を見上げた。
「カメラ越しと、生歌の違い?」
「うーん、そうかもしれないけど、そうじゃないような……。あん時は聞いてるだけで胸がかきむしられるような感じだったけど、さっきのはものすごく心が満たされる気がしたんだ」
「へぇ、なんでかな」
どっちにしても、歌っていたのはわたしなのに。
「歌っている姫様の心情が影響するんじゃねぇかな……」
「心情?」
「ああ、どんな気持ちで歌っていたのかが声にも出るのかも。あのアパートでは何を考えていたんだ?」
「それはもちろん、冬十郎様に会いたいって」
「それだけか?」
「それと……ひもじい、寒い、泣きそう、つらい、苦しい、助けて」
「あー、ははは、なるほど。確かにそんな感じだった。聞いてる俺もそれは感じた」
「でも、ホテルで葵と斬り合いをしていた人達は、その歌を聞いてわたしをさらおうと思ったんでしょ? それは何で?」
「それは『冬十郎様に会いたい』の部分が影響したんじゃねぇかな」
わたしは首をひねった。
「わたしが冬十郎様に会いたい気持ちが、どうしてほかの男の人を誘うの? わたしが会いたいのは冬十郎様だけなのに」
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