36 深雪

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36 深雪

 冬十郎とよく似た深雪の顔に、嫌悪の色が見えた。 「恐ろしいものだな。清姫と同じ目をしておる」  その背後にずらりと軍服姿の男達が並んでいた。  弓矢と剣が、一斉にこちらへ向けられる。  葵は片手に刀を構え、わたしをかばうようにもう片手を広げる。  冬十郎によく似た瞳が、氷の温度でわたしを見下ろしてくる。 「そなた、葵とも寝たのか」 「いいえ! いいえ、違います、深雪様! 姫様は何も! わたしが一方的に姫様をお慕い申し上げているのです!」  深雪に対しては敬語を使うんだなぁ、と関係のないことを考えながら、叫ぶ葵をちらりと見る。  深雪は葵をちらりと見たが、またわたしを冷たい目で見下ろした。 「そなたに聞いておる」 「わたしと一緒のベッドに寝るのは冬十郎一人だけ。初めて会ったときにも言ったけれど、覚えていないならもう一度言います。わたしは冬十郎一人だけでいい」  また『様』をつけるのを忘れてしまったと思っていると、深雪の片眉がピクリと動いた。 「ほう、では口付けを交わしていたそれは男ではないと?」 「葵はわたしの犬です」  深雪の片眉がまたピクリと動いた。 「犬?」 「ご褒美がもらえれば、何でもすると言っていました」  深雪は汚らわしいものでも見るように、わたしと葵を睨んだ。 「褒美とは、そなたの体か」 「いいえ、声です」 「声?」  わたしはうなずいて、わたしをかばっている葵に目をやった。 「わたしの歌声を何より尊いと思ってくれているようです。時折歌ってくれさえすれば、どんなことでもすると」  葵がこくりとうなずく。  深雪の眉間にしわが寄る。 「理解しがたいな」 「深雪様、お願いです。姫様はどうかふゆ様のもとに……」  あのホテルで二人を相手に斬り伏せたのだから、葵の刀の腕は確かなんだろう。でも、さすがにこの人数差では逃げ切れそうにない。深雪が軽く手を上げただけで、何十本もの矢が飛んでくるのはマンションで見たばかりだ。 「深雪様」  呼びかけると、一瞬、深雪は虚を突かれたような顔をした。 「……その口でわたしの名前を呼ぶな」  何が気に入らないのか、深雪はわたしを睨んだ。 「ええと、では、先代様。……わたしを捕らえて、あなたはわたしをどうしたいんですか」 「そんな目をして、そんな質問をするな」 「え」 「汚らわしい目をして何を期待しておる。私はけっして、そなたを抱かぬぞ」 「え?」  言っている意味はよく分からないが、深雪の肩がふるふると震えているので怒っているのだけは分かった。
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