36 深雪

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「今ここで斬り捨ててしまいたいところだが、ふゆの命を人質に取られているような状態ではそれは叶わぬ。誰にも見つからぬ遠い地にて、そなたが死ぬまで押し込めておくほかあるまい。その内に、ふゆも悪い夢から覚めようぞ。何を勘違いしておるのか知らぬが、そなたのようなみすぼらしい子供にふゆが本気になるわけが無かろう」  最後の一言に、かぁっと頬が熱くなった。  みすぼらしいなどと言われたのは初めてだった。 「寝惚けたことを言わないで……! 冬十郎がどれだけわたしを想っているか、その目ではっきり見たくせに!」  敬語を忘れて啖呵を切っていた。  ここに冬十郎はいないから、哀れで可哀想な子供でいる必要もない。  張りつめた空気の中、睨み合った。 「思いあがるな、汚い餓鬼が。さらわれ姫の血がふゆを惑わしておるだけと気付かぬのか。血の魅力が無ければ、そなた自身は痩せて貧相な子供でしかない。ふゆがいずれ悪夢から覚めれば、愚かだったと後悔するだけだ」  汚い餓鬼とか、貧相な子供とか、初めて言われるひどい言葉に、頭に血がのぼってくらくらしてくる。  欲しがられ、求められるのに慣れているわたしは、生まれて初めて蔑まれたことに強いショックを受けていた。 「ふざけないで……! 冬十郎がわたしにくれた優しい言葉や眼差しを、その真心や誓いを、全部否定する気? どれだけ冬十郎がわたしを大切にしてくれているかも知らないくせに」 「熱病に浮かされたうわ言を、本物と勘違いしておるだけよ。哀れな餓鬼だ」  深雪の言葉は針みたいに胸を突き刺してくる。  ぎゅっとこぶしを握って、強く強く睨み返す。 「あなたが何をしたって無駄よ。冬十郎は絶対にわたしを諦めない。ほんとはあなたも分かっているはずでしょう。わたしをどこに隠しても、冬十郎は必ずわたしを見つけ出し、あなたの手から奪い返す」  冬十郎は命を捧げると言った。  わたしを好きだと言ってくれた。  じわりと涙が滲んできて、わたしは慌てて指で拭った。  深雪は相変わらず温度の無いような目でわたしを見ていた。  面差しは冬十郎とよく似ていたが、頬がほっそりしていて、絹のような白い髪も相まってかなり儚げに見える。白い着物は体形が分かりにくいが、ちらりと見えた手首が冬十郎よりずっと細く、骨が浮き出ている。ケガも病気もすぐに治るはずの蛇の一族が、こんなに痩せることがあるんだろうか。そもそも、どうして深雪だけ髪が白いのだろう。  ふとそんなことを考えていると、先に深雪が目をそらした。 「捕らえよ」  短い命令で、軍服達が一斉に動いた。  葵は軍服を五人まで斬ったけれど、結局は多勢に無勢で捕まってしまった。  抵抗するのは無駄だと分かっていたので、わたしは両手を上げて大人しく捕まった。  また鎖の付いた首輪を付けられる。
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