36 深雪

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「おやめください、姫様にそのような!」 「静かにさせろ」  深雪の命を受けて、一人が葵の顔を殴った。  痛そうだったけど、蛇の一族は怪我してもすぐに治る。  葵は平気な顔をしていたし、わたしも顔を上げて深雪を睨みつけた。 「首輪なんて、すごい悪趣味」 「己が獣以下だと分からせるためだ。さっさとついてこい」  深雪がぐいっと鎖を引っ張り、わたしは前に数歩よろけた。  葵を押さえつけている者達が、違う方向に葵を引っ張っていこうとしている。 「待って、葵をどうするの」  深雪はちらりと葵を見た。 「殺すほかあるまい」 「そんな」 「裏切者はどこの世界でも許されぬ」 「で、でも、蛇の一族は殺せないんでしょう?」  深雪は馬鹿にしたようにふっと笑った。 「我らは不老だが不死ではない。死にたいと思えばいつでも死ねるのだ。死にたいと思うほどの責め苦を与えれば、耐えられずに自ら死を選ぶ」  わたしは数人に押さえつけられている葵を見た。  殴られた傷はもう消えていた。 「死にたいと思うほどの責め苦って?」 「そうだな」  深雪はすっと手を前に出した。  心得たように軍服の一人が、葵の刀を深雪へ渡す。  深雪はその切っ先をわたしの喉元へ向けた。 「その者の崇拝する女の肌を、目の前で切り刻むか? それとも、一晩中かわるがわる犯してやるのが良いか」 「お、おやめください! 姫様にそのような無体な真似をなさってはいけません! 姫様は未だ清らかな体でいらっしゃいます!」  悲鳴のような裏返った声で葵が叫んだ。 「はっ、下らぬ嘘を申すな」 「嘘ではありません! ふゆ様は本当に、姫様をとても大切に大切に慈しんで来られたのです!」  深雪が目を見開く。 「ばかな……とても信じられぬ」 「本当でございます! 姫様は男が女を抱くことを、抱っこだと思っているような子供でございます! ふゆ様の付けた跡は首元だけで、ほかには何もありませんでした! あれは恐らくふゆ様が、皆に見せるためにわざと付けたのでしょう」  深雪がわたしの鎖を強く引っ張った。 「わっ」  よろめきながら深雪の目の前まで来ると、「見せよ」と言われた。
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