36 深雪

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「深雪様! 無体な真似は……!」 「確かめるだけだ。脱いで見せよ」 「服を脱げばいいの?」 「ああ」  わたしは仕方なく葵の貸してくれた上着を脱いで、バスローブの紐をほどいた。  深雪は刀を置いて、わたしの前をはだけさせる。  驚くほど冷たい指が、鎖骨からみぞおちへ滑っていく。 「本当に、ただの痩せた子供だな……」  人の体温とは思えないほどひんやりとした指先が、少し震えていた。 「ふゆ様の御心は本物のようです。さらわれ姫の強い誘惑にも耐えて、幼さの残る姫様を大事にされているのがその証拠かと……」 「黙れ」  深雪の冷たい指がバスローブの前を乱暴に合わせた。 「こんなもので何が分かるというのか……」  わたしは二人が何を言い合っているのが理解しきれないまま、紐を結び直した。 「どちらにしても、このように弱くて華奢なお体を乱暴に犯すなどしたら、姫様が耐えられずに死んでしまいます!」  葵の狼狽える様子を見て、オカスというのがとてもひどいことだというのは分かったが、具体的に何をされるのか想像もできないおかげでわたしにあまり恐怖は無かった。  むしろ、葵の訴えに深雪の方が何か動揺しているかのようだった。 「その口を閉じろ、裏切り者が」 「ですが、姫様の御心はふゆ様にしか向いておりません。『さらわれ姫』の血でおかしくなるのは周りの男どもであって、姫様ご本人ではないのです。私は清姫のいた頃に里にはいなかったので本当のところは分かりませんが、もしかしたら清姫も本当に想っていたのは誰かたった一人の……」 「黙れ黙れ黙れ! 騒がしい裏切者など硫酸の桶に浸してやる……!」  ヒステリックに深雪が叫んだ。  さっきまで大きな声で訴えていた葵は、ひっと小さく息を呑んで黙った。 「リュウサン?」  わたしが聞き返すと、深雪は少し息をついてから、説明するようにゆっくりと言葉を続けた。 「ほんの少し肌に付いただけで火傷するような薬品だ。人ならあっという間に死んで終わりだろうが、我らの体は終わりなく治り続け、終わりなく苦しみ続ける。自分で死を望むのも時間の問題だ。心の弱いものなど一日もかからぬ」  葵は白い顔をして少し震えていたが、命乞いはしなかった。 「私のことはいかようにも。ただ姫様の無事を約束していただけるなら、喜んで死にます」 「……忠犬だの」  つまらなそうな顔で深雪が言った。 「心が痛むか? そなたに唆されなければまだまだ生きられたものを」  もともと血の気の無い深雪の顔は、さらに蒼ざめていた。  冷たい言葉ばかり言っているのに、苦しそうなのは深雪の方だった。 「わたしの犬はわたしのために生きて、わたしのために死ぬと言っていたので……」  わたしは平気なふりをして、少し微笑んで見せた。 「酷薄な……。なぜふゆはこんな歪んだ女を愛するのだ」  深雪は吐き捨てるように言って、大きく息をして、汗を拭うような仕草をした。  あんなに低い体温で汗をかくものだろうか。  軍服の男達は深雪の命令には絶対服従という感じで、自分たちからは何も言わず、じっと深雪の言葉を待っている。
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