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37 何も怖くない
まだ距離があったが、間違いようがなかった。
姫はその場に一人だけ、浮かび上がるように輝いて見えた。
神々しくて、眩しくて、跪いてこの身をすべて差し出してしまいたいと思った。
そんなことを思うのは、恭介が私を人身御供などと言ったせいかもしれない。
やっと見つけ出した喜びが胸に溢れすぎてうまく声が出ない。
「ひ、め……」
だが、歓喜に打ち震えている私の姿を、恭介は違う意味に捉えたようだった。
「だから言っただろ、あれは本物の化け物だって」
姫の周囲には里の者達が二十人ほどと、普通の人間の男女数人、警察官らしき男が二人、意識の無い状態で倒れていた。まるで神を崇めるかのように、姫を中心にひれ伏すように、砂上にうつ伏せている。
私が見つけ出し、救い出す前に、姫は自力で窮地を脱したようだった。
「蛇の先代頭領までもひれ伏せさせるとは恐れ入る。前に会った時よりも、恐ろしいくらいに力が増しているな……」
恭介の嘆息混じりの言葉など聞き流して、私はただひたすらに姫を見ていた。
姫の前には白い着物の先代が、その真横には刀で貫かれた男が転がっている。
姫は男に刺さった刀の柄を両手で握っているようだった。
遠目には、俯いた姫の表情まではよく見えない。
「ひめ……!」
焦っているからか、喉が詰まって声がちゃんと出ない。
私は姫に向かって駆けだした。
砂浜を蹴る足元がもつれる。
「姫ぇ!」
声に気付いて、姫が顔を上げた。
「冬十郎様!」
声を聞いただけで涙が出てくる。
姫は立ち上がろうとして、がくんとバランスを崩した。
その首に首輪が見えた。
首輪についている鎖のせいで、身動きが取れないようだった。
「くっ」
性懲りも無くまた鎖を付けたのか。
悔しさと怒りが、私の体温を上げる。
「冬十郎様ぁ!」
立ち上がれない姫の両腕が、こちらへ必死に伸ばされる。
倒れている里の者どもを踏みつけて、姫のもとへ駆けつける。
近付くにつれ、動かない先代の手が、まるで執念のように鎖を握りしめているのが見えた。
それを外す間ももどかしく、その場に跪くようにして鎖ごと姫の細い体を抱きしめた。
背中に回された指が痛いほどしがみついてくる。
「ああ、うあああ……!」
姫は叫ぶように泣き声を上げた。
「姫! 姫、やっと……!」
胸に溢れる感情が大き過ぎて、それ以上言葉が出なかった。
嬉しい、嬉しい、嬉しい。
体中の細胞のすべてがそう叫んでいる気がした。
私の半身、私の片割れ、やっと私の胸に……。
ただひたすらに抱きすくめて姫の存在を感じたかった。
周囲でパチパチと光が弾け出して、金銀の星屑が降り注いでくる。
姫の感情の発露が、光の雨となって注がれてくる。
恭介や七瀬が何か言っているようだったが、耳に入らなかった。
降り注ぐ光の粒がどんどん量を増していき、私達を覆いつくすように周囲から遮断していく。
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