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「笑ってなど」
「鏡を見ろ。腑抜けた顔だぞ」
「姫様が、冬十郎様しか見ていないのは分かっているよ」
苛立ちを隠さず、葵が私を睨む。
「さっきは刀が突き刺さった状態で放置されたしな……。俺の存在は二の次だっていう現実が、嫌というほど身に染みたさ。姫様の唯一の想い人は冬十郎様だ。それは認める。だからといって、俺の忠誠心まで否定しないでもらいたい」
葵は手を伸ばして、姫の細い指を握った。
「俺は暴走した里の二人組に姫様が襲われるのを防いだし、海を見たいというから姫様をここに連れて来たし、深雪様の投げた刀からも身を挺して庇ったんだ。冬十郎様よりも、俺の方がよっぽど姫様の役に立っている」
挑戦的な葵の目を見返すが、悔しいことに言い返せない。
「ご当代様が一人で生きられないその子を保護してやっているのです。思いあがった口をきくでない!」
「七瀬、少し黙っていてくれ」
「ですが、その者はあまりにも……」
「口の利き方などどうでもよい。ただ……」
「そうだ、どうでもいいことでいちいち揉めるな。まずは何があったか、経緯を説明しろ。このお姫さんは何をやらかしたんだ。ここで何があった? その刀でみゆきっつう先代が姫さんを殺そうとしたのか?」
「姫様は、深雪様に……」
「待て!」
そのまま話が進んでいきそうなところを私は強く止めた。
皆が注目する中、私は葵を睨む。
「その前に葵、手を放しなさい」
葵は姫の指をつかんだまま、私を睨み返してくる。
「独占欲かよ」
「ああ、独占欲を持って何が悪い。私は姫の伴侶だ。お前は姫の犬であり、下僕なのだろう? 下僕が主に男の欲を向けるでない」
ぎりっと悔しそうに奥歯をかみしめて、葵は姫から手を離した。
「お前が、あくまでも犬として仕えるというなら、姫と共に来ることを許そう。だが、この先、私の伴侶に軽々しく触れないことだ。不快でならぬ」
その時、姫が腕の中で身動ぎした。
「ん……」
まるで嫉妬丸出しの私を安心させるかのように、私のシャツをぎゅっとつかんで、顔を胸に押し付けてくる。
「姫?」
会話を聞かれていたのだろうか。
だが、姫はそのまま静かな寝息を立てている。
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