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私達二人を降ろすと、三輪山は駐車場へと車を発進させた。
七瀬とともに正面玄関に入る。
広いロビーになっていて、いくつかのソファセットが置いてある。
そこに、中年の女が待っていた。
一族にはもう五十年以上子供が生まれていない。子供に慣れている者が社員にいなかったため、仕方なく人間に頼んだのだろう。
「以前、加賀見リフォームで事務員をしてくれていた佐藤さんです。保育士の資格を持っているので、急遽お願いしたんです」
七瀬の紹介に佐藤がぺこりと頭を下げる。
私が冬九朗だった頃の社員らしい。
見覚えはあるが、冬十郎とは初対面ということになる。
「佐藤と申します。この度はお悔やみ申し上げます。お父様には生前、大変お世話になりました」
「ああ、そうか。父の生前には世話になった。まぁ、よろしく頼む」
短く言って、少女を前に出す。
「何か温かいものでも食べさせてやってくれ」
「この子、ですか?」
佐藤が驚いたように少女を見る。
「どうした」
「いいえ、子供というからてっきりもっと小っちゃい子かと思って……あなた、何歳? 多分中学生ぐらいよね?」
問われて、少女は私を振り返った。
自分が何歳かも覚えていないのだろう。
「どうやら記憶が曖昧なようでな。直に医者が来るから、彼女に任せるように」
「ええ? まぁ記憶が? 大変だったわねぇ」
佐藤が馴れ馴れしく少女の肩を抱く。
「では、102号室へどうぞ」
七瀬が先導して歩き出す。
佐藤がその後ろに続こうとするが、少女が歩き出そうとしないのに気付いて、その顔を覗き込む。
「どうしたの? お部屋はあったかいわよ。早く行きましょう」
「冬十郎様は、一緒じゃないんですか?」
「ああ、私の自室は最上階だ。君のような少女を、男である私の部屋に連れ込むわけにもいくまい」
少女は視線を揺らし、かすれた声を出した。
「冬十郎様は、わたしの親じゃないから……ですか?」
「ああ、そうだ」
「そう、ですか……」
少女は沈んだ声で呟き、下を向いて歩き出した。
佐藤が近づき、当たり前のようにその手を握る。
「あら、まぁ、冷たい手! 体も冷え切っちゃって! それにあなた、靴も履いてないじゃない!」
と、佐藤が少女の肩を抱いてさする。
「ホットミルクでも飲む? それともココアがいいかしら? 大丈夫、おばちゃん怖くないわよ。ねえ、お名前教えてくれる? ああ、そうね、覚えていないんだっけ?」
賑やか、というより少々うるさい女性だが、七瀬が手配したなら身元は確かなはずだ。
少女は困惑したように私を見てくるが、慣れてもらうしかない。
「また後で、様子を見に来る」
「分かりました。さ、行きましょう」
佐藤が少女の背を押す。
私は息を吐きつつ、エレベーターホールへ向かった。
最上階直通エレベーターのボタンを押し、ふと振り返って、ドキリとした。
少女がまだこちらを見ていた。
「行きなさい」
安心させるように、笑ってうなずいて見せる。
少女は私を見つめたまま何も言わない。
佐藤が駆け寄ってくるのが見える。
エレベーターの扉が開き、私は少女を気にしながらも、乗り込んだ。
扉が閉まる瞬間、佐藤の声が聞こえた。
「こっちにおいで、しょうこちゃん」
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