40 犠牲ではない

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「七瀬の話によると、三百年近く前に清姫という『さらわれ姫』が里にいたらしい。蜘蛛の一族の血を引いていて心を操る力があり、その死に際して五人の男が後追い自殺したのだとか。恭介、蜘蛛の一族というものに心当たりはあるか」 「いや……蜘蛛の一族ってのは会ったことも聞いたことも無ぇな。年寄り連中に聞いてみれば誰か知っているかもしれない」 「血が薄まりすぎてもう力を失っている種族らしい。姫の両親のどちらかが、その蜘蛛の血を引いていたのだろうと思っているのだが」  葵がハタと膝を叩く。 「じゃぁ姫様は先祖返りみたいなもんか?」 「おそらく」  花野が毛布を持って戻って来たので、受け取って姫の体にかけた。  寝室のベッドに寝かせるべきなのだろうが、今は片時もそばを離れたくなかった。 「なぁ冬十郎」  そこで、顎に手を置いて何か考えていた恭介が口を開いた。 「その女は『清姫』という名前だったのか?」 「ああ、七瀬はそう言っていたが」 「うーん」 「それがどうかしたか」 「清香の縁者か何かか?」  恭介の指摘に私はハッとさせられた。  清姫は、先代の後妻だったと七瀬は言っていた。清香は、先代の娘で私の叔母だ。そして清香の母親は、清香がまだ小さいときに亡くなったと聞いている。清香の母親について詳しく聞いたことは無かったが、同じ『清』という字を使っていることから間違いないと思われる。 「私は清姫という名前を昨日知ったばかりで確証はないが……恐らく……清姫が叔母上の母親である可能性が高いな。いや、可能性というより、ほぼ間違いないだろう」  ということは、清香が先代の血を引いているかどうかも怪しくなってくる。清香の母親である清姫は、私の父である雪弥や、ほかに何人もの男と関係していたというのだから。  もしも、清香の父親が雪弥ならば、私と清香は姉弟ということになる。先代がなぜ、子供の頃の私と清香を自分のそばに寄せたがらなかったのか、やっと理由が分かった気がする……。 「では、清香はさらわれ姫の血を引いているということか? すると、そこのお姫さんとはどういう関係になる?」  恭介に聞かれ、眠っている姫の髪を撫でる。マンションで暮らした数か月の内に、傷んでいた髪はだいぶ艶が出てきた。  姫の髪質は、蛇の一族の黒髪より少し色素が薄い感じだ。容姿も性格も、姫と清香とは似ているところが一切無い。 「蜘蛛の一族は人間と同じくらいの寿命で、しかも同族同士では子が出来にくいらしく、人間との間に子供をもうける者がほとんどだという。姫と叔母上とは縁戚関係である可能性も無くはないが、三百年も経っているのだから相当に血は離れているだろう。さらわれ姫の娘が、さらわれ姫になるわけじゃないしな」 「確かに、清香は精神干渉系の力は持っていないが……」  恭介の言葉に、私は少しひっかかるものを感じた。  清香は姫との初対面で敏感にその力を感じ取っていた。『さらわれ姫』と呼ばれるほどではなくとも、精神操作の力を持っている可能性は否定できないのではないだろうか。  何より清香はやたらと異性にもてる。清香が好きになった相手は、必ず清香を好きになる。百発百中と言ってもいいほどだ。それはもしかしたら、彼女の知性や美貌のせいだけではないのかも知れない……。  清香に懸想している恭介にそれを告げるのは酷な気がして、私は黙っていた。
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