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「へぇ、清姫は殺される前に子供を産んでいたのか。里にいた頃、周りの人達は清姫のことをほとんど話さなかったから知らなかったな。その子もやっぱり美人なのか?」
葵ののんきな質問に、恭介が質問を返す。
「殺されただと? 清姫がか?」
「お、おう、清姫は自分が殺したって深雪様が言ってたよ」
「はぁ? 先代が清香の母親を殺したのか? なぜそんなことを?」
恭介は驚いているが、私は少し予想がついていた。流行り病で死んだというのは、ずいぶん都合がいいと思ったからだ。七瀬は先代の罪を隠したかったのだろう。
「なぜって、里を守るためには『さらわれ姫』に消えてもらわなければならないって」
「なんだと」
恭介が唸る。
「先代はそこまで『さらわれ姫』を脅威に思っていたわけか……それでお姫さんに向けて刀を……」
葵は首を振った。
「いや、最初は違ったと思う。深雪様は、初めは姫様を殺すつもりは無いみたいだった。冬十郎様を人質に取られているようなものだから、人に見つからないところに一生閉じ込めておくと言っていたんだ。急に刀を振り上げたのは、姫様の歌を聞いてからだよ」
「歌を……」
「ま、実際俺は耳をふさがれていたから、何の歌かはわからねぇけど」
「そうか。……刀は、かなり深く刺さっていたな」
恭介が睨むように葵を見る。
「うん」
葵は自分の胸を押さえた。
「あの時、深雪様はフラフラになりながらも刀を拾って、姫様に投げつけてきた。俺がとっさに前に出たから姫様には当たらなかったけれど……。深雪様は本気だったと思う。冬十郎様が道連れになることを分かっていて、本気で姫様を殺すつもりだった……」
「では先代が脅威に感じたのは『さらわれ姫』という存在ではなく、お姫さんの『歌』そのものだったということか」
葵はこくりとうなずいた。
恐らく先代は恐怖しただろう。三百年近くも、ほぼすべての欲を断ち切って生きて来た自分を、歌うだけで眠りに落とそうというのだから。
しかし、こんなに弱々しく儚げな姫が、強い力があるからと言って何をするというのか。
「姫はその育ちゆえに精神的にはまだ幼く、純真無垢だ。どんなに強い力を持っていようとも、わざわざ私の一族を害そうなどと考えるはずがないのに……」
「だが、幼い心ってのは純粋ゆえに残酷で暴力的だったりするだろう。分別の無い子供に強力な武器を持たせようとする大人はいない。岬の全身に残る火傷を見たが、あれはどう見ても殺す気で焼いた痕だったぞ」
「あの時は……私が刺されるのを見て暴走したから……」
「この先、お姫さんが暴走しないと言い切れるか?」
私は眠っている姫の手に触れた。私よりずっと小さくて柔らかい手だ。
姫の持つ力は未知数だが、その心が向いている先は確信が持てる。
姫には家族も無く、友人も無く、接触のある者などほんの数人しかいない。
私がそう仕向けてきたからだ。
姫の中では常に、私の存在が一番大きく在るようにと……。
「姫のもとから私を引き離さない限りは」
「は……?」
葵が眉間にしわを寄せる。
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