40 犠牲ではない

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「姫は私の言うことは聞く。私の前では、素直でいい子だ」  私は姫の手をぎゅっと握った。  反射のように、姫の指が握り返してくる。 「私がそばにいる限り、姫の力を抑えることは可能だと思う」 「なんだよそれ、どういう意味で……」 「分からないのか? 冬十郎は自ら犠牲になるって言ってるんだ」 「恭介、そういう言い方はよせ」 「じゃぁ何だ? その猛獣を飼いならせるのはあんたしかいないんだ。その化け物に一生を捧げるつもりなんだろ? それが犠牲でないなら何だっていうん……」 「待ってよ、それってなんか違う!」  葵が遮る様に大声を上げた。 「鬼童様は冬十郎様に思い入れがあるからそういう風に見えているんだろうけど、俺にはまったく逆に見えるよ! 冬十郎様は姫様の力を抑えるためにそばにいるのか? 違うだろ? 冬十郎様はどんな手を使っても姫様そのものが欲しいんだろ? 独占欲と執着心まみれで縛り付けているくせに、その言い方は何か卑怯だ……! 姫様は、冬十郎様になら何を奪われてもいいって言っていたんだ!」  刃物を突き付けられたかのように、ぎくりとする。 「姫が……?」  恭介は馬鹿にしたように「はっ?」と声を上げた。 「冬十郎が何を奪うのだ? その女には与えてやってばかりだろうが。衣食住のすべてを世話してやって、さんざん甘やかしてやって、さらにはその命までも捧げると……」 「鬼童様は一つの側面しか見ていないから、そんなこと言うんだよ! 冬十郎様本人には自覚があるはずだ。姫様は知ってたよ……。冬十郎様のもとに帰れば、普通の人間が得られる普通の幸せは絶対に手に入らないってこと。学校にも通えないし、友達を作ることもできない。テレビもネットも、スマホすら触らせてもらえない。この先の自由も才能も何もかもすべて封じられるって……分かっていてそれでもいいって、冬十郎様のほかには何も望まないって、姫様は笑ってそう言……」  葵はハッと驚いたように言葉を切った。  その視線がソファに向いている。  つられたように、視線を落とす。 「姫……」  姫が小さくあくびをした。  とっさに何を言えばいいのか分からなかった。 「んん………?」  話を聞いていなかったのか、聞いていなかったふりをしているのか……姫はぼんやりとした目で私を見ている。 「喉、乾いた……」  小さく言うのを聞いて、花野を呼ぶ。  花野はすぐに水の入ったコップを持ってきた。  私は姫を抱き上げて膝に乗せ、その手にコップを持たせた。姫は私に寄り掛かったまま、小動物のようにコクコクと水を飲む。  恭介も葵も、気まずそうに黙っていた。  飲み終わったコップを姫の手から受け取り、テーブルに置く。口元をハンカチで拭ってやる。姫はそんな私をじっと見ていた。 「冬十郎様……私、重たいですか……」 「え、いや……姫はとても軽いぞ」  質問の意図が分からず、少し声がうわずった。  姫はふわりと笑い、 「じゃぁ、今日は一日中くっついています」  と、首にかじりつくように抱きついてきた。  つられて少し笑ってしまい、その背中を撫でる。 「ああ、一日中くっついていような」  何も分からないでやっているのか、それとも何もかも見通しているのか……どちらにしても愛しい存在に私は目を閉じて頬ずりした。  犠牲ではない。  決して、私は姫の犠牲ではない。  執着心と独占欲で縛り付けていると言った葵の言葉の方が正しい。  私の望みは姫そのものだ。 「お腹、空いていないか? あそこでは何も食べていないのだろう?」 「んっと……少し……」 「そうか、すぐに用意させる」  振り向いて呼ぼうとすると、まだそこにいた花野が心得たという様にうなずいて厨房の方へ歩いて行った。  
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