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41 子守唄
葵はちょっとおしゃべりだなと思った。
わたしが言ったことを、いちいち冬十郎に言わなくてもいいのに。
言い争う声がうるさくて目が覚めた。葵が何を言っているのかを聞いてしまったけれど、何も聞いていないふりで冬十郎に甘えた。
もしも自由なんてものを手に入れても、どうせわたしはそれの使い方が分からない。ずっとさらわれ続けてずっと誰かの所有物だったから、自由なんて欲しいと思ったことも無い。
今、一番きれいで、一番優しくて、一番愛してくれる人がそばにいてくれる。
これ以上を望むはずなんてないのに。
花野ともう一人の女の人が、テーブルの上におかゆの入った鍋と取り皿を置いていく。出汁の香りがふわっとして、自分がかなり空腹だったことを思い出した。
冬十郎が取り皿におかゆをよそい、スプーンと一緒に渡してくれた。
ふーふーと息を吹きかけていると、冬十郎が後ろからわたしの髪を結ってくれる。
「ゆっくり食べなさい」
と、後れ毛を耳にかけてくれながら、こめかみや耳に軽くキスをしてくる。
嬉しいのとくすぐったいので、わたしはちょっと笑った。
しんとした中で、時々、ふー、ふー、とわたしの息の音だけが聞こえる。
わたしが目を覚ましたことで、冬十郎達はいったん話し合いをやめたらしい。何となく気まずい空気の中で、わたしは卵入りのおかゆを一生懸命に食べていた。
後れ毛をまた直したり、汗を拭いてくれたり、冬十郎は母親のようにかいがいしく世話をしてくれて、何となく落ち着かない様子だった。
静かな室内に、突然聞きなれないメロディーが響いた。
大男が慌てたように胸ポケットからスマホを取り出す。画面を見て、すぐに通話に出る。
「俺だ。どうした? ……はぁ?! ちょっと落ち着け、もっと詳しく……あぁ……は? いや、ここで飯食ってるぞ」
と、スマホを耳に当てながらわたしを見てくる。
わたしはびっくりして食べるのをやめ、テーブルにスプーンを置いた。
冬十郎と葵が緊張した顔をして大男を見る。
「いやそんなわけが……はぁ? ……そうか、分かった。命に別状は無いんだな?……ああ……そうか……いや、来なくていい、俺が話をする……」
何だか命がどうのと物騒なことを言い始めているのを聞いて、胸がドキドキしてきた。
部屋の中の視線を集めながら、大男はさらに二言三言やり取りをして、通話を切った。
「恭介?」
冬十郎の問いかけにすぐには答えず、大男は険しい顔をして画面を見下ろしている。
「どうした、何の電話だ?」
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