41 子守唄

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 大男は自分の額に拳を当てて、眉間にしわを寄せている。 「うちの者がやられた……」 「やられた?」 「そのお姫さんに眠らされた」 「は? 何を言っている」  冬十郎が聞き直し、葵もわたしも意味が分からなくてきょとんとしていた。 「あの浜辺からの帰りにうちの車が居眠り運転で衝突事故を起こしたそうだ。幸い、身内同士の車だったから人間は巻き込まなかったが、追突した方もされた方も、かなりの大怪我を負った者がいるそうだ」 「事故が姫に何の関係がある?」 「さっぱり分からん。しかし、いったいどうなっているんだ……」 「どうなっているも何も、姫はずっとここに……」 「追突した方の車に乗っていた五人が、眠ったまま起きなくなった。かすり傷しか負ってないのに眠り続けている者もいる」 「え……?」 「浜辺で倒れていた蛇の連中とまったく同じ症状だそうだ」  大男の疑うような目から庇うように、冬十郎がわたしの肩を抱いた。 「姫の仕業だとでも言うつもりか? お前もずっと共にいただろう? 姫は何もしていない」 「だが、事実として、うちの者が眠らされているんだ。距離が離れていても、その子には思念か何かを飛ばす能力があるんじゃないか? そういえばあんたは、離れた場所にいるお姫さんの居場所が分かっていたよな?」 「呼ばれるような感覚があるだけだ。しかも、それを感じ取れるのは私一人だ」 「だが他に思い当たる原因があるか? 少なくともうちの連中には、そのお姫さんの攻撃だと思われている」 「そんな馬鹿なことがあるか」 「待てよ! 姫様が鬼童一族を攻撃する理由なんてないだろ?」  葵が立ち上がって、わたしと大男の間に立った。  何が起こっているのか、意味が分からなかった。  わたしは何もしていない。  大男が怖い目で私を見た。  私はびくりと身を縮めた。 「冬十郎、しばらくの間、そのお姫さんをうちに預ける気はあるか」 「それはできない。姫の身を危険にさらす気は無い」 「預かるだけだ。危害は加えない」 「ピアス男の例もある。恭介のことは信頼しているが、鬼童全体を無条件で信頼はできない」  苛ついているのか、大男は唸るような声を出す。 「だが、うちの連中を納得させるには、何か材料が無いと……。せめて原因をはっきりさせたい。お姫さん、さっきからずっと黙っているが心当たりはあるか?」  わたしは首を振った。 「分からない……わたしは何も……」 「社長!」  緊迫する空気を破って花野が部屋に飛び込んできた。
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