41 子守唄

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「え、あ、私?」  清香がきょろきょろとして、落ちていたバッグへ手を突っ込む。 「あ、しまった! これ私のじゃないわ」  取り出したスマホを困惑してみる清香。 「あの事故の時に慌てて拾って持ってきちゃったんだ。誰のだろう?……あ、着信止まっちゃった」  清香は画面を指で触った。 「あら、不用心。ロックかかってないわ……え? 動画? あ、姫ちゃんみたいな子が映っている」 「なに、見せてみろ」  横から大男が手を伸ばす。 「あ、ちょっと! そこ触ったら……」  清香の声にかぶせるように、ふいに歌声が流れ始めた。  耳なじみのある、よく知っている声……わたしの声だ。 「え……子守唄……?」  呟くと同時に清香が膝の力が抜けたようにトサッとその場に崩れ落ちた。 「清香!」  大男が叫び、ぐらりとよろめく。  同時にガラスの割れる音が響き、飛び散ったコップの破片の上に花野が倒れるのが見える。  螺旋階段の奥のキッチンでも、何かが落ちて割れる音がする。 「これって……姫様の……」  言いかけたまま、葵がぐらぁっと揺れて、そのまま後ろへ倒れた。  わたしの歌声はまだ続いている。 「姫ちゃん……」  清香の声が聞こえたが、そのまま何も言わずに目を閉じてしまった。 「スマホ、止めろ……」  膝をついて堪えながら清香が落としたスマホを指差し、そのままがくりと大男は倒れた。  歌がスマホから聞こえるのが分かったが、わたしには止め方が分からない。 「姫……」 「冬十郎様!」  わたしの腕をつかむ様にして、冬十郎がずるずると崩れる。 「冬十郎様!」  そのままわたしの膝に頭を乗せて、冬十郎は意識を手放したようだった。  静かな部屋にわたしの歌った子守唄が流れ続け、やがて止まった。    その場で起きていられたのはわたしだけだった。
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