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42 冬十郎様が言ったから
スマホから流れる歌声が止まり、部屋はしん……と静まり返った。
五人の男女が倒れている様子は、殺人事件の現場みたいだと思った。
花野がコップの破片でどこか切ってしまったようで、床に血が流れている。でも、蛇の一族はすぐに傷が癒えるのだから大丈夫だろう。
清香の落としたスマホが部屋の中央に転がっている。
わたしは、今の状況に少しだけ驚いていた。
スマホで撮られた映像の中の声でも、その場で歌った時と同じ効果があるのか……と。
あの時、深雪を眠らせようとは思ったけれども、できるのかどうかすら半信半疑だった。けれど、葵の言ったことは正しかった。歌の効果は、歌うわたしの心情が影響する。眠らせようと思って歌えば、相手は眠る。
一度やり方が分かってしまえば、あとは簡単だった。深雪がすぐに眠らなかったおかげで、力をさらに強く乗せるコツも分かった。多分、次にこの力を使う時には、もっと自由自在に扱える気がする。
「冬十郎様……」
わたしの膝に頭を乗せるような恰好で、冬十郎は眠っていた。
「起きてください」
肩をゆすってみる。
反応は無い。
大きく息を吸って吐く。
「「起・き・て」」
声に力を乗せてみる。
冬十郎の指がピクリと動いた。
だがすぐに力が抜けて、深い眠りに入ってしまう。
短い言葉より、やっぱり歌を歌った方が力を乗せやすいみたいだ。
わたしはこのおかしな状況にも、それほど焦ってはいなかった。
歌で眠ったのなら、歌で起こせるに決まっている。
このまま冬十郎を眠ったままにはしない。
「今、起こしますね」
何の曲を歌おうか少し迷ったが、口笛の歌を歌うことにした。歌詞に「朝」という単語が入っていたからだ。歌詞の意味はそれほど重要ではないけれど、その方が力を乗せやすい。
冬十郎の艶やかな髪を撫でてから、わたしはすぅっと息を吸った。
一番を軽やかに歌ってみる。
「う……ん……」
冬十郎の口から声が漏れる。
スマホを指差していた大男の指がぎゅっと握られる。
二番を歌おうとしたが、歌詞の記憶が曖昧だったので、もう一度一番を歌った。
大丈夫。歌詞はそれほど重要じゃない。
「あ……姫……?」
冬十郎が頭を起こして、わたしを見上げた。
ぼんやりとした眼差しを愛しく思いながら、冬十郎がはっきりと目を覚ますまでわたしは繰り返し同じ歌を歌い続けた。
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