06 しょうこちゃん

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 角を二回曲がっただけで、あっけなく私はその姿をとらえた。  まだ距離があるが、佐藤に手を引かれて歩いている姿が小さく見える。  呼びかけようとして、名前が分からないことに、一瞬、躊躇する。 「しょうこちゃん」  佐藤の声が聞こえた。 「ハンバーグ大好物でしょう? 帰ったらすぐ作るからね」 「はい、分かりました……」 「お母さんだよ、しょうこちゃん」 「はい、お母さん……」  足が止まった。  少女は破れたドレスの上に佐藤の上着を着ている。  二人は、何の変哲もない親子のように、手をつないで歩いていく。  小さなアタッシュケースを下げた男や、買い物袋を下げた女が擦れ違っていく。  夕焼け空に、長く伸びた影。  普通の平日の帰宅時間の風景。   遠くて表情は見えないが、少女に抵抗する素振りはない。  『しょうこちゃん』と佐藤は呼んだ。  それが本当の名前なのか?  その女が本当の母親なのか?  大きな違和感と混乱。    そして、『呼ばれているような感覚』は依然として消えていない。  君が私を呼んでいるのか……? 「姫……」  私は名前の分からない彼女をそう呼んだ。 「姫」  決して大きくはない私の呼びかけに、少女は気付いた。  振り返り、私を見ると、佐藤の手を振り払った。 「とうじゅ……」  黒い手袋が少女の口をふさいだ。  さっき擦れ違った男が、少女を片腕で抱き寄せていた。 「なにするの! しょうこちゃ……きゃぁ!」  男がアタッシュケースを振り回す。  ガツンと鈍い音とともに、佐藤が倒れる。  男はアタッシュケースを放り出し、少女を両腕に抱きかかえて走り出した。  反射的に追いかける。 「冬十郎様!」  少女が私の名を叫ぶ。  体温が一気に上昇する。  速度を上げ、追いつき、横の塀を蹴り上げて飛び上がる。  後頭部に蹴りを叩きこみ、崩れる男の手から少女を取り戻す。  一瞬で片が付いた。  男は喧嘩の経験も無いようなただの素人だったようで、泡を吹いて昏倒している。  ほうっと息を吐きだし、少女を下ろそうとすると、少女は私の首に抱きついてきた。 「冬十郎様……!」  耳元で、絞り出すような声がした後、激しい嗚咽が聞こえ始めた。
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