184人が本棚に入れています
本棚に追加
/169ページ
若い男の声とドスドスと響く足音が近づいてくる。
わたしは今の『親』であるコブトリを振り返った。この家にはコブトリ以外にいないと思っていたが、どうやら弟がいたらしい。
「あいつ、何しに来たんだ」
コブトリは、眉根をしかめてドアの方を見た。
「ちょーっと悪いけど金かしてくんねぇ? 今、ちょっぴり金欠でさぁ」
大声で言いながら無遠慮にドアを開け、金髪の派手な男が入ってきた。
「お前に貸す金なんて無い」
短く吐き捨てて、コブトリがそちらを睨む。
コブトリの弟は、顔も体つきもコブトリによく似ていた。ごわごわした金髪がなけなしの個性という感じだ。
キンパツは不満そうに口をとがらせる。
「なんだよー、かわいい弟にそんな口きいて……」
キンパツが言葉を止めてわたしを見た。
二、三秒、固まったように動かない。
「どうした?」
コブトリの声が聞こえないかのように、まさに釘付けといったようにわたしの顔を凝視するキンパツ。
大きく目を見開き、ごくりと喉を鳴らしている。
ああ、またか、とわたしは思った。
今度は、このキンパツがわたしの『親』になるのか。
キンパツがわたしに近づき、手を伸ばしてくる。
「サキ……こっちへ来い……」
もう名前を付けられた。
次の名前はサキか。
「何を言ってる。この子は俺のユリエちゃんだ」
コブトリがわたしの肩をぐいと抱く。
「はぁ? 俺のサキに触るんじゃねぇ!」
キンパツがいきなり、コブトリを殴りつけた。
コブトリはあっさりと倒されて、驚いたように殴られた頬をおさえた。暴力には慣れていないらしい。真っ青な顔で、キンパツを見上げている。
キンパツはわたしの腕をグイっと引っ張った。
「行くぞ、サキ」
「……はい」
わたしは言われるままに椅子から立ち上がった。同時に強く足を引っ張られ、バランスを崩してわたしは転んだ。振り向くと、ロープの先をコブトリが握りしめていた。
「は? なんだそれ、ロープ?」
キンパツが鼻で笑って、コブトリを蹴り上げる。
呻くコブトリを尻目に、キンパツは乱暴にロープをつかみ、むりやり解いた。足首がこすれて痛かった。
キンパツに引っ張られて歩きながら、コブトリを振り返る。
『親』が交代するとき、つまりわたしがさらわれる時に、暴力沙汰になるのはよくあることだ。今回は大きなケガもなく、たいして血も出ていないようだった。
コブトリは泣きながら「ユリエちゃん!」と叫んで、手を伸ばしてくる。
キンパツがまた強くわたしの腕を引っ張る。
「さよなら、お父様」
わたしは今の『親』に微笑んでみせ、次の『親』にさらわれた。
最初のコメントを投稿しよう!