01 『親』

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 若い男の声とドスドスと響く足音が近づいてくる。  わたしは今の『親』であるコブトリを振り返った。この家にはコブトリ以外にいないと思っていたが、どうやら弟がいたらしい。 「あいつ、何しに来たんだ」  コブトリは、眉根をしかめてドアの方を見た。 「ちょーっと悪いけど金かしてくんねぇ? 今、ちょっぴり金欠でさぁ」  大声で言いながら無遠慮にドアを開け、金髪の派手な男が入ってきた。 「お前に貸す金なんて無い」  短く吐き捨てて、コブトリがそちらを睨む。  コブトリの弟は、顔も体つきもコブトリによく似ていた。ごわごわした金髪がなけなしの個性という感じだ。  キンパツは不満そうに口をとがらせる。 「なんだよー、かわいい弟にそんな口きいて……」  キンパツが言葉を止めてわたしを見た。  二、三秒、固まったように動かない。 「どうした?」  コブトリの声が聞こえないかのように、まさに釘付けといったようにわたしの顔を凝視するキンパツ。  大きく目を見開き、ごくりと喉を鳴らしている。  ああ、またか、とわたしは思った。   今度は、このキンパツがわたしの『親』になるのか。  キンパツがわたしに近づき、手を伸ばしてくる。 「サキ……こっちへ来い……」  もう名前を付けられた。  次の名前はサキか。 「何を言ってる。この子は俺のユリエちゃんだ」  コブトリがわたしの肩をぐいと抱く。 「はぁ? 俺のサキに触るんじゃねぇ!」  キンパツがいきなり、コブトリを殴りつけた。  コブトリはあっさりと倒されて、驚いたように殴られた頬をおさえた。暴力には慣れていないらしい。真っ青な顔で、キンパツを見上げている。  キンパツはわたしの腕をグイっと引っ張った。 「行くぞ、サキ」 「……はい」  わたしは言われるままに椅子から立ち上がった。同時に強く足を引っ張られ、バランスを崩してわたしは転んだ。振り向くと、ロープの先をコブトリが握りしめていた。 「は? なんだそれ、ロープ?」  キンパツが鼻で笑って、コブトリを蹴り上げる。  呻くコブトリを尻目に、キンパツは乱暴にロープをつかみ、むりやり解いた。足首がこすれて痛かった。  キンパツに引っ張られて歩きながら、コブトリを振り返る。  『親』が交代するとき、つまりわたしがさらわれる時に、暴力沙汰になるのはよくあることだ。今回は大きなケガもなく、たいして血も出ていないようだった。  コブトリは泣きながら「ユリエちゃん!」と叫んで、手を伸ばしてくる。  キンパツがまた強くわたしの腕を引っ張る。 「さよなら、お父様」  わたしは今の『親』に微笑んでみせ、次の『親』にさらわれた。
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