08 哀れでかわいそうな子

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「親達? みんな? みんなとは……?」 「今までわたしをさらった人達です。ええと、わたしの『親』になりたがった人達」 「誘拐されたのは、今日が初めてではないのか?」  わたしはこくりとうなずいた。 「何度も何度もさらわれました。本当の親が分からなくなるくらい、何度も」  冬十郎はきれいな目を見開いた。  とても驚いたように、そのまま固まっている。  この人は、どんな表情をしてもきれいだと思う。  肌は白くて陶器みたいだし、ほくろもシミも見当たらない。  本当に、見れば見るほど………なんだか作り物めいて見える。 「君は記憶喪失では無かったのか」  形のいい唇が動く。  わたしはうなずいて、冬十郎を見上げた。 「冬十郎様はわたしに名前を付けないのですか?」 「名前……? そういえば、あの工場でもそんなことを言っていたな」 「今まで、次から次へ親が変わって、その度に名前が変わりました。わたしをさらった人は、まず初めに名前を付けるんです。いつでもそうなんです。さっきの女の人だって、わたしをショウコって呼んでいたでしょう?」 「あ、ああ、そうだったな」 「それから、いつもだったらその人の家に連れていかれて、その人好みの服に着替えさせられて、その人の呼び方を教えられるんです」 「呼び方?」 「はい、パパと呼んでとか、お母様と呼びなさいとか」 「ああ……なるほど」 「それから、一緒に絵本を読んだり、歌を歌ったり、ゲームをしたり、その人が望む子供らしいことをするように言われます。だいたいどの『親』にも似たり寄ったりのことをさせるので、それで特に困ることはありませんでした。髪を切られたり、染められたり、パーマをかけられたりしたこともあるし、一緒に裁縫をしたり、お菓子作りをしたこともあります。ピアノを弾けと言われたことがあって、でたらめに弾いたら相手がちょっと困っていましたけれど……」  もう顔もはっきり思い出せない大勢の『親』達。  冬十郎のきれいな目がじっと見つめてくるので、わたしはドキドキしていつになくたくさん喋った。 「それで、その人の好みの食事やおやつを与えられるんです。三食全部ケーキの人がいたり、サラダしか出さない人もいたりしたけれど、どの『親』も『これがあなたの大好物よね』って言うので、はいと素直に返事して、どんなものを出されても嬉しそうに食べるようにしていました。新しい『親』に合わせて、わたしは名前も性格も好物も変えて生きてきたんです。だから……」  わたしを見る冬十郎の目が少し潤んでいるのに気付いた。  あれ、と思ってよく見ようとすると、冬十郎は目をそらした。  何かいけないことを言っただろうか。  慌てて言いつのる。 「あの、だから、好きとか嫌いとか、わたしにはありません。冬十郎様の好みの服を着せてください。冬十郎様の食べさせたいものを与えてください。わたしを冬十郎様の好きなように……」    ふわりと優しく抱き寄せられた。  甘くいい香りが鼻腔をくすぐる。 「違う」  耳元で硬い張りつめた声がする。 「私の望みは、自分の好みを君に押し付けてお人形にすることなどでは、決してない」  怒りを含んだ声音が、わたしの心臓をどん、と叩いた気がした。 「え…………?」 「そんな奴らと一緒にするでない」  明らかな軽蔑と嫌悪の声。 「でも……」  わたしは『そんな奴ら』がいたから生きてこられた。  『そんな奴ら』に縋って生きてきた。  それがわたしの日常、わたしの常識……。
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