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冬十郎はわたしを抱く手に力を込めた。
「今まで、つらかったな……」
憐憫のこもった声音に、心の奥が震え始める。
今まで、別につらくなんてなかった。
つらさも苦しさも何も感じなかった……はずなのに。
「かわいそうに……」
かわいそう?
待って、よく、分からない……。
動揺と羞恥で胸が苦しくなってくる。
わたしはそんなにかわいそうなの……?
そんなに痛ましい子供なの……?
冬十郎の寄越す憐れみに、ぐらぐらと眩暈がしてくる。
「私は、君が望むものを与えたい」
わたしが望むもの……?
「君の望みを教えてくれ」
わたしの望み……?
それはまるで、とどめを刺す一言だった。
わたしの望みなど、他の誰が聞いただろうか?
胸の中が渦巻くように狂おしく、轟々と荒れ始める。
自分で自分を支えていられなくて、震える指で冬十郎にぎゅっとしがみつく。
冬十郎がわたしの顔を覗き込むようにするので、わたしはうつむいて、髪で顔を隠した。
冬十郎は、わたしを哀れでかわいそうな子供だと思っている。
次から次へとさらわれて、お人形にされて、そうしなければ生きては来られなかったのだから、実際に哀れでかわいそうな子供なのだろう。
「欲しいもの、何かないのか?」
囁くような問いに対する正解が分からない。
望むもの……?
欲しいもの…………?
そんなこと考えたことが無いから、なんだかすごく混乱して、逃げ出したくなってくる。
でも、冬十郎の匂いも体温もすごく心地よくて。
聞こえてくる規則正しい鼓動は、すごく安心する音で。
冬十郎の甘い匂いを胸いっぱいに吸い込む。
気持ちが良くて、ふわふわしてくる。
ああ、もういいや……。
もう、考えるのはやめた。
冬十郎がかわいそうと言っているのなら、わたしはかわいそうな子になろう。
弱々しく震えてみせて、憐れんでもらって、優しくしてもらって……。
こうやって、ずっと、抱きしめていてもらえたら……。
もう、それでいい、それでいいや……。
「わたし、甘えたい……」
「ん?」
「冬十郎様に、甘えたい、です……」
演技ではなく、声がかすれてしまった。
冬十郎はすぐに返事をしなかった。
わがままだったろうか?
気に入らない答えだっただろうか?
「あの、ごめんなさい、わたし……」
不安で本当に体が震えてきた。
冬十郎がわたしを見ている。
わたしも必死にその目を見返す。
お願い、冬十郎、わたしを拒まないで。
お願い。
「……ああ、分かった」
大きな手が、少しぎこちなくわたしの髪を撫でた。
「好きなだけ、甘えるとよいぞ」
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