184人が本棚に入れています
本棚に追加
/169ページ
11 匂い
目が覚めると見知らぬ天井が見えた。
それはよくあることなので、特に気にもならない。
ぼんやりする頭で考える。
今の『親』はどんな奴で、今のわたしの名前は何だったか。
やんちゃな子か、優等生か、儚げな令嬢か、どういう振る舞いを求められているのか。
カーテンが閉まったままの薄暗い室内はしんとして、甘い匂いに満ちている。
深くゆっくり呼吸して、その匂いを肺に取り込む。
伸びをして少し首を動かしてみて、ドキリとした。
きれいな男の人が横に寝ていた。
「冬十郎……」
そうだ。
今、わたしには『親』はいない。
さらわれてここにいるんじゃなくて、保護されて冬十郎の家にいるんだ。
降り積もっていた雪が解けるように、ふわぁっと一気に暖かくなった気がした。
ベッドはすごく大きかったので、冬十郎が少し遠かった。
にじり寄るように近づいてみる。
規則正しい寝息が聞こえてきた。
長いまつげや微笑むような唇をじっくり観察していると、顎の先にぽわぽわと髭が生えかけているのに気付いた。
「わぁ……」
不思議な感じがした。
昨日は陶器みたいだと思った顔も、今はちゃんと生きている男の人に見える。
触ってみたい……。ちょっとそう思ったけれど、顔を触ると起こしそうなので、やめておいた。
代わりに長い黒髪の先にそっと触れてみた。艶やかな黒髪は滑るようにつるつるしていて、少しひんやりとしていた。
さらににじり寄り、その肩に頭をくっつける。額をつけているだけでも、そこから感じる体温が嬉しくて、すごく安心して、またうとうとと眠くなってくる。
冬十郎のいい匂いを吸い込み、規則正しい寝息をすぐそばに聞きながら、わたしはもう一度眠りについた。
最初のコメントを投稿しよう!